Showing posts with label OFF. Show all posts
Showing posts with label OFF. Show all posts

2010/06/26

Wimbledon 2010


午前8時に最寄りの駅に着き、大勢の観客と共に公園内の列に並んだ。今週のロンドンは暑い。パロアルトよりも強く感じられる日差しに照らされて、朝から目も疲れ気味。これから長い長い待ち時間が始まる。

ウィンブルドン・テニスでのチケット入手の方法は三通りある。企業枠、抽選枠、そして当日券の入手だ。当日券では、センターコート、第一コート、第二コートのそれぞれに500枚ずつのチケットが用意されるほか、約5000枚弱の入場券が発行され、入場券だけでも全部で19あるテニスコートの試合を自由席で楽しむことができる。勿論、フェデラー、ナダルといったビッグネームの試合はほとんどがセンターで行われるし、ロディックを見るにしても第一コートのチケットが必要だ。それらのチケットを求めて、抽選に漏れたファンは徹夜でテントを張って並ぶ。僕らは、その精鋭部隊には程遠い観光客なので、入場できればラッキーと考え、このお祭りの、できれば6000番目くらいのメンバーになりたかったのだった。

列に加わると、間もなく、厚紙の立派な整理券が配布された。しかし、番号は7030番台。早起きしたのになあ、と些かがっかりする。いったん、約6000人の入場制限が満たされると、ウィンブルドンから帰ったお客さんの数しか、中には入れない。これだと入場できるのはお昼以降、下手したら3時くらいだ。ただ、ここまで来た意地もあって、行列フェチの国民に交じり、芝生のラインに留まる。

待ち時間が長いイベントであっても、ウィンブルドンの行列管理は非常に気が効いていて、ストレスはあまり感じられない。大人数の運営スタッフが、ジョークもたっぷりに、てきぱきと行列客をさばいていく。整理券もすぐに配られるので、横入りも行われなず、大会公式の「行列のしおり」なるパンフレットが配られ、さらには「2010年大会の行列に私、並びました」、なるシールまでもが無料配布される。並んでいる最中からお祭り気分が始まるように、大会運営側の細心の注意が感じられる。うーん、これぞ行列好きの伝統だ、日本や自分の知っている米国では体験できない、と軽くうなる。

5時間近く、炎天下の中、アイスクリーム・スタンドやバーガー・スタンドとの往復で体力を補いつつ待つと、会場内へと列が進んでくれた。これでも、予定よりは早めだろうか。チケット売り場では、第二コートのチケットがまだあります、と伝えられる。どんな対戦カードが待っているのか分からない状態だったが、とにかく入手。

中に入り、まず駆け込んだのがストロベリースタンド。実は、ウィンブルドンに来るのは20年前以来となる3回目なのだが、以前はイチゴにありつけず、昔年の憧れが詰まっていたのだった。


さらに、小ぶりのピザをぱくつく。日陰の椅子を確保して、体力の回復に全精力を集中。
買ったチケットは運よく、最前列の席。万全の準備をしたのち、第二コートで行われた女子シングルス、男子シングルスの試合を、日射病になりかけては場外へと退散するかたちで見たのだった。
男子シングルスはメルツァーが出ていて、最初のセットを奪われつつも、お客さんにジョークを飛ばしたり、最後は余裕で勝ったりといった、いいプレーを見ることができた。

そして、同コートの第4試合、当日の目玉といえるカードが、ちょうど日差しも弱まってきた午後6時過ぎから始まった。ウィリアムズ姉妹のダブルス。


相手は、Macsinszky(スイス)とGarbin(イタリア)。


練習が始まった時点で、ウィリアムズ姉妹は、むしろ兄弟と呼ぶべきではないかという体躯の違いを活かし、身体の前に完全なバリアを作り、ほとんど体制を崩すことのない格の違いを見せつけていた。第一セットは、あれよあれよと言う間に、6-1で奪ってしまった。

しかし、第二セットには大きな違いが生まれた。ウィリアムズ姉妹のダブルスは、基本的にはウマの合ったシングルス選手が二人で、グランドストロークの乱れをどちらかがポーチで叩きこみに来る展開だったのに対し、瑞・伊のコンビはロブや、前衛への低めの制球という、教科書的な反撃に打って出た。その間の、ポイント間の連携や、ミスのない丁寧な攻め等、可能な限りの知略を尽くしたプレーが見物だった。ヴィーナスが数時間前まで別のシングルスに出ていたためか、些か集中力を欠いていた姉妹に対し、順調にサービスゲームをキープし、更にお互いにワンブレーク。瑞・伊コンビが6-5の30-40とセットポイントに至るまでの追い上げを見せた。会場も、一ポイントごとに集中して、息を呑む良い雰囲気に。
結局、最後はタイブレークを余裕でウィリアムズ姉妹が乗り切る形で試合が終わってしまったが、退場する二組に対し、会場はスタンディングオベーションで見送った。

スポーツの中でもテニスは、自分もかれこれ10年くらい、小さな頃からやっていたものだから、ジュニア時代からの練習環境や、天性のセンス、それらがもたらすメンタルタフネスの違いといった要素は厭と言うほどにも分かるものがある。それを通り越しても、最後のダブルスは、それに対抗する工夫と、その過程が生む感動を味わうことができた。このプロセスを敵味方で共有して、プレーヤー自身と周囲の、心理的な成長が同時に生まれることが、当たり前かもしれないけれどやはりスポーツの本当の目的である。W杯という、結果がすべてのコンテキストのイベントに数週間触れていて、危うくそのことを忘れそうになっていた。この大会を運営する多くの人と、炎天下の待ちに共に耐えてくれた家内に強烈に感謝してます。



2010/04/23

(Offネタ)Fillmoreのすばらしさ

課題に追われ、風邪が続いて喉が痛い家内を無理やり引っ張り、水曜夜にサンフランシスコにあるFillmoreでのノラ・ジョーンズのライブに行ってきた。



ここは本当に贅沢な場所だ。収容約1200人、オールスタンディングの伝統的なライブハウス。木造の香りがして、上にはシャンデリア、横と後ろはクラシックなバー。2階のご飯どころでは、過去のアーティストの独自ポスターが立ち並び、ハンバーガーが旨い。


音の響き方もスタジアムとかとは全然異なる感じで、平たく言えば、地声がよくないと、うまく聞こえないような印象。だから、「この人、本当に歌うまいなあ」と生意気ながらも感じさせられる近さがある。本人が出てくる30分前くらいに行けば、本人から10mの距離で聞くことができるという凄さ。

日本で知らないだけなのかもしれないけれど、超の付く有名人がこういう身近なライブハウスでやってくれる(かつeBayで何とかチケットが買える)というのはなんとも羨ましい国だ、と思う。ナイトライフが少ないと揶揄されるスタンフォードでも、こういうエンタもあるよ、ということを一応書いておきます。


Fillmoreには、1月にも宇多田ヒカルのライブで行き、上記のことを薄々ながら感じさせられた。今回、それを確信。さほどライブに行く質ではない自分の選好を変えられてしまった。
もう、知ってるアーティストだったら誰でも行きたくなるレベル。
U3music "サンフランシスコ・フィルモア"

そのときには、なんとサインボールもゲッツ(参照)。下記の左上のもの。近いならではの特典?
U3music "Balls SF version"


音楽を、「本人の口から」間近でしっかり聞くと、音楽産業ってほとんどが、その粗悪な代替案であることを改めて感じさせらる。本来音楽には、生で聞いた演奏の追体験として、メディアを買う、という方法論が似合っている。ラジオやウェブで大量のPRをして、メディアやデジタルコンテンツへの購買につなげ、最終的にライブのセールスに落とし込んでいく、という方法論は、音を楽しむフローとはまさに間逆のもの。DRMを使っても、FREEの世界であったとしても、大量製造モデルの音源が最初に人の耳にはいる、というフローはある程度は変えられない。これ以上ないくらい当たり前のことなのかもしれないけれど、本当の体験に勝るものはなし。




2010/01/31

サンフランシスコ・バレエ

オフネタばかりだが、ちょっと学術では基礎的な内容に触れることが最近は多いので。。。もう少し体系的に面白いことが見えてきたら書きます。


12月の初めにくるみ割り人形、昨晩は白鳥の湖と、サンフランシスコ・バレエ団(参照)の公演を見てきた。前者の公演はDVDにもなって日本でも発売されている模様(参照)。バレエ団はSNSやローカルメディアのネット上でも結構広告を流したり、リピーターにはDMを頻繁に送ってきたりと、日常的に目に入る存在になっている。

昨晩は、DMで白鳥の湖の「出演者へのインタビュー、観劇、劇後のレセプション」がセットになって59ドル、というオファーがありうまいこと乗せられて参加してきてみた。夜7時からのプログラム開始のために、5時前には家を出たのだが、雨と夕方の101という、最悪の交通状況の取り合わせで到着したのが7時半。


仕方がないのでサンドイッチ(場内だと一つ十ドル、高い)をつまんで、インタビュー部分は諦め、本劇へと足を運ぶ形になった。

前回、くるみ割り人形を見に来た時には子ども向けにプロモーションが行われていたせいか、小さな子どもが客席に多くて、おしゃべりや飴の包み紙音を立てたり、あんまり集中できなかった。しかし、白鳥の湖は流石大人の世界という感じで、しっかりとドレスアップした夫婦やカップルだらけ。こっちの人は夜はちゃんとお洒落して出かけるんだなー、と感心。

バレエの知識がないので、内容をどうこう言うことはできないのだけど、公演はこれぞ一流、というもので、最後まで(短時間睡眠にもかかわらず、寝ないで)集中して見る事ができた。白鳥の湖だと、32回転が一番の見せ場とされるけど、40「人」近い白鳥が一糸乱れぬ動きを見せると、何だか夢を見ているような気になる。
学術の理解に妥協の多いMBAとは対極にあるようなストイックな世界を垣間見て、ストイックさを追求するなら徹底しないと、と反省してみたり。

公演後のレセプションは、スポンサーをやってるウォッカを使ったカクテルとか、ワインとか、チーズがふんだんに振舞われていて、このお金はどこから来ているんだろうと考えてみたり。儲かりすぎると怒られるからか。
オペラハウスの3階にあるレセプションルームからは、目の前の市議会の一部が見える。シックな場所で、何だか大音量でクラブミュージックが流れていて、滅茶苦茶きついウォッカ・マティーニが振舞われていてと、何だかカオスな空間だった。インタビューも含めれば、案外デートにオススメできるかもしれない、10ドルのスパークリングワインも飲み放題だったし。なお加州では、飲酒運転は、一杯ならば何とか大丈夫、二杯目からはグレーゾーン、と定められている(参照、の81p図表を参照)。




余談だが、バレエ団の宣伝では、必ず「寄付のお願い」が来る。大口のスポンサーにはVCの他に金融機関が多いけど、こういうところへの資金援助とTARPへの資金返済は関係ないみたい(参照)。
個人も、凄いレベルでの寄付をぽん、と出しているあたりには(参照)、財団への税制の違いを感じさせられる。

更なる余談。おそらくほとんどの公演が行われるWar Memorial Opera Houseはサンフランシスコ講和条約が締結された場所(参照)でもある。歴史的な場所でワインとチーズをいかが、というには、日本人にはちょっと歴史的過ぎる場所なのかもしれない。

2010/01/24

(Offネタ)アバターを観てきた

ちょっと番外的だが、週末に今更ながら観てきたアバターの感想を。

元々、夫婦で映画が好きだ。年に60本くらい見た年もあったくらい。個人的な好みは、SFの中でも、ゼメキスのBack to the FutureやContact、ベッソンのFifth Elementみたいた、監督の個性と、分かりやすい設定が出てくる作品。キャメロンの作品では、アビスが好きで何度も観ていた。最近では、Timetraveller's Wife(きみがぼくを見つけた日、SFというには厳しいかもしれないけど)が良かった。こういう映画を見ると、観た後にその世界観を引きずる感じが心地良い。

ただ、こっちにきてからは字幕もないし、何より時間もないので、だいぶ映画はご無沙汰になっていた。そんな中、友人と会食したりfacebookでの発言を観たりしているうちに、何だか周囲はアバターを見ないやつはどうかしてる、みたいな雰囲気になっていることに気付く。取り残されてはいけないと思い、噂の3D対応シアターで観てきた。

以下はネタバレを含みますが、まだの人は見る時間を作るべき、とだけ書いておきます。




結論から言うとこの映画、現存する技術や発想の取り合わせで、SF映画作品の最長不到距離まで飛んだような印象だった。3Dの使い道もそうだけど、仮想現実(いや、リアルか)と、種族の分断と、ハリウッド的なドンパチを、これでもかというくらいに効率的に詰め込んでいて、これで売れなかったらSF映画はあかん、というパッケージになっていると思った。何より、キャメロンの鬼のような執念を感じ、この映画を撮るために全てをやってきたのでは、と思わさせられた。過去の自分の作品からの引用と、SF分野の作品、宮崎アニメと、きっと気づかなかった多数の映画へのオマージュに溢れていて、自らの世界観というのはこういった要素により形成されて、育てられたんだ、という気迫が伝わってくる。

話の内容は既に存分に紹介されているので触れないが、この映画の主題には、二つの軸があると感じた。一つは宮崎アニメに頻出する「世界の調和」で、もう一つは米国人が奥底で感じているのかもしれない開拓精神の疚しさなのだと思う。

前者の中でも、ナビ族の触手の用いられ方には、色んなメッセージを感じた。触手を使って、他の生物を直接コントロールできるわけでもなく、またいくら親しくなっても踏み込めない領域があることを自然に描き出している。そして、大きな植物がクラウドみたいな役割を果たしていて、そこを介在して二つの世界の間の往来が行われるという、子どものような発想力。マトリックスでは頭に電気プラグという、何とも痛々しいプロセスでその伝送が行われていたのに対して、アバターでは同じ行為がもうちょっと自然な、ナウシカの王蟲の触手のような生々しさに包まれている。あくまで、世界の調和には人類の良心が必要!みたいな、何だかストイックなテーマを練りこんでいて、なんだか一つの基本にやけに忠実だと感じた。

後者の開拓精神の疚しさは、あまりに前面に出されていることが衝撃的だった。もう一種のSFのジャンルとして確立されている(1)「退廃した地球」、の延長線で、(2)「相変わらず人間が宇宙を汚している(しかも株主至上主義により)」というのが重なっているのは、(1)金融危機後の安易な資本主義批判、と(2)温暖化問題、という二つの「超ベタ」な時代テーマに乗っかるという、何だか映画を売り込むためのなりふり構わない設定が取られている気になる。アビスの中でも、こういった割と説教くさいテーマは出て来たのだけど、当時、キャメロンはそれを控えめに出して、あんまり重くしすぎないことに成功していた。。さらに言うなら、スターウォーズも政治システムをそれとなく批判するくらいだったので想定観客の間でメッセージが生き残ったのだと思う。基本的に情報の受け取り手が十分思索して、こういうことなんだろう、とメッセージを類推するプロセスも、SFでは大事だから。
しかし、アバターでは情け容赦ない設定が取られていて、現地法人の社長(と言うべきか、、、)が困惑する表情を浮かべていたり、更に株主至上主義経営に乗っかった「戦争をやめられない軍曹」が映画のラスボスとして君臨しているあたりに、マイケルムーアと同じ意固地さを感じてしまった。より大きな人口に向けて、分かりやす過ぎるメッセージを打つという、ちょっと大き過ぎる賭けに出たような気がしている。
この強気なポジショニングと同時に、更にナビ族が「ほとんどインディアン」であることが、更にその印象を強いものとしている。他のブログで、Last of Mohicansに近いような主題だ、という指摘があったけれど、まさにその通りだと感じている。これらのコンボで考えると、キャメロンは政治的な意思ありありでこの作品を作っていたんだなあ、とSFへの愛との兼ね合いで考えると微妙な気分にもなったりする。

この映画、同級生の中での反応を見てると(1)とにかく映像や3Dや出てくる機材がクール、ストーリーも申し分なし、(2)中に出てくるデバイスや乗り物は面白かったけど、ストーリーは結構微妙、という感じに二分されている。個人的には結構(1)のほうで、やっぱりラスボス討伐後のご対面シーンとかはぐっと来るものがあった。(2)の反応の人たちは、秋学期のクリティカルシンキングの授業が良い特訓になったのかもしれない(笑)

ちなみに、続編も構想中なのだと。正直、予測市場があるなら二作目は絶対コケる方に掛けたい。既に出すべきメッセージネタの在庫は尽きてしまったように思えるし。ただ、T2という偉業をやった監督だけにそこは是非成功して欲しい、という応援もしたいところ。

最後に3D技術について。今までもUSJのスパイダーマンライドとかで経験してたけど、昔からあったこの技術に、ちゃんと脅かす以外の位置付けを与えたことは大きいと感じる。予告編でみた不思議の国のアリス(またもバートン×デップという悪夢バージョン、笑)とか、映画館を廃れさせない道はまだまだあるのだな、と感じた。




2009/11/27

サンクスギビング休暇@ワシントン

月・火と公式行事で過ごしたあと、週の後半はクラスメートの親戚の家に夫婦で泊まり、ワシントン観光とサンクスギビングを体験する、という、これまた貴重な機会に恵まれた。

これまでも、ワシントンには出張で4回来たことがあったが、会議かメモ起こしをしていた記憶しかない。いつも空港への帰りのタクシーから眺めていた所に、初めて観光客として行くことができた。しかも子どもの頃からずっとワシントンに暮らしていた友達の解説付きで。







行った先はありがちといえばありがちなのだけれど、「これがFBIのビルだよ」「ここがキング牧師の有名な演説場所」といった感じで、適宜こちらのペースを見ながら解説し、運転してくれる友人の存在が大変ありがたかった。あとスミソニアン博物館(実際には自然史博物館や航空・宇宙博物館等の複合)とかの展示物は本当に見事で、友人も将来はこういった所の経営に携われれば一番幸せだよなあ、と話していた。

水曜は観光、木曜は本格的なサンクスギビング休暇を体験。木曜朝は、Macy'sのパレードを彼の奥さんの実家で観賞。ピカチュウの巨大風船にも優しい知人はちゃんと反応してくれた(参照)。その後、彼の実家の親戚に行き、30名近くでのご飯を頂く。



サンクスギビングは米国特有の儀式であり、ロンドン時代はクリスマスの定番だった七面鳥も、こっちではこの時期に食するのが普通らし い。ピルグリム・ファーザーズが厳冬を乗り越えたことを祝った際の料理が、現代では七面鳥、スイートポテトとパンプキンパイへと変換され、定番のご飯メ ニューとなっている。
先週もターキーを頂いたが、こっちのグレーヴィー(平たく言えばドロリッチな鶏
スープ餡かけ)は、英国のそれよりも(残念ながら)すごくおいしくて、おせちよろしくいっぱい頂いてしまう。ターキーの他にも、鹿の煮込みとか、変わった豆料理とか、自家製ハムとか、食が進む。さすがに、パンプキンパイ等のデザートは、控え目といいつつ結構甘かったりしたのだけど、中々おいしい、という驚きがあった。

友人いわく、サンクスギビングは一年の中では一番リラックスできる休暇なのだと。クリスマスは、パーティやらプレゼントやらでやらなければいけないことが多いのに対し、今週は本当に何もしないので、家族としても団欒できるのだとか。そんな、リラックスできたであろう時間を割いて、我々夫婦をもてなしてくれた暖かさに感謝したい。

2009/11/14

Week 7終了

今週はちょっと体調がすぐれず、やや低調な感じで毎晩午前にならないうちに寝ていた。

1.CATの授業が終了

一年生にとっては、これぞ鬼門、といえたクリティカルシンキングの授業が終了。毎週水曜9時に向けた課題の悪夢が去り、それぞれの方法でその終焉をお祝いしていた。わが家は寿司パーティから残っていた獺祭でお祝い。獺祭はこちらの日系スーパーとかでも結構置いているのだけど、こっちの人や、日系人の口にも合うのだろうか。


2.他の外国学生との交流
イスラエルとベトナムから来た一年生と、一時間ほどバックグラウンドや政治観について話し合った。一人は、前職が政治畑のアナリスト、ハーバード大KSGとのジョイントプログラムに所属していて、昨年はジャパントレックで鳩山・麻生の二人とのセッションがあったらしい。もう一人はデンマークの会社で働いていたことがあって、基本年6週間の休暇、家族も含めた医療費が無料、最高税率が85%の上司、といった面白い話を聞くことができた。
先週のグローバル経営論のジャパンセッションでももっとも関心が高かった少子化問題と広義の規制緩和、という二大トピックが、日本を語る上ですごく大事なのに、学術的議論にはかなり偏りがあることを改めて意識する。少子化対策を個人的に説明する時には; 1)若年人口が子どもを持たない選択をする理由の多くは経済的なものとも説明できるはず。昔に比べて、所得の安定性が下がっている(という期待があること)ので、余裕がない。 2)結婚年齢自体も上昇していて、過去の結婚に対する期待感が強いイナーシャとして残っていることが、晩婚化を特に都市部で促進している。 3)いったん結婚した人の出生率はさほど下がっていない。よって、ダイレクトな施策として、婚活とかお見合いが官民双方の話題だったりする。 1)と3)の間には矛盾があるのだけど、3)を見越してあまり結婚をしないのでは、と理解している。本当は経済環境が改善しないとこの辺も回らないのだけど、基本的に一時間とかだと、この辺で話は終わってしまうことが多い。 あとは、民主党政権になって、日本は変わったのか、という質問も多い。外交問題について問われることも。あんまりいい加減なことを言わないようにしつつも、そこそこBuy Japanのストーリーを求められているような、不思議なプレッシャーを感じることもある。

3.グローバル経営論の課題に時間を奪われる
当該授業の課題、6人グループでの共同責任作業となっているのだけど、途上国に米国企業が進出する際にどのような点が課題になるのか、を具体的な例をもって分析している。個人的にやる分にはいいのだけど、残り5人との共同プロジェクトである分、議論にも貢献して、情報量でも貢献して、担当執筆分については足を引っ張らないように、と気を遣うのも事実。大手コンサルやらCIA出身者に対して、情報の使い方でやり合うのも結構疲れるが、これも醍醐味というもの。

4.日本食の開拓

豚骨ラーメンとか



居酒屋とか


を開拓した。前者はごち、というクパチーノの居酒屋、後者はサンノゼのミツワ近辺にある晴ラーメン。サンノゼも含めて、どれくらいのレベルの日本食があるのかがだんだん分かってきた。


来週が終わったら、サンクスギビングで一週間の休暇がある。同週、前半は学校の修学旅行プログラムでワシントンの機関や有名人を訪問したのち、後半は友人に同市を案内してもらう予定。

2009/11/10

寿司パーティー

日本文化をテコにした交流を図るべく、八人チームと二年生のコーチ、それぞれのSOを含む計12人のゲストを迎えた寿司パーティーを開催。準備で週末はてんやわんや。

こちらでは幸い鮮魚はカネを積めば買えるのと、少しきめ細かい料理にも触れて欲しい、というのもあり、メニューは膨張。家内が文字通り奮闘。こういう時に、横で邪魔にならないようチアリーディングに撤するほかなく。

ちらし寿司と手巻き寿司、唐揚げ、他にも生ハムディップやら生春巻きやらバーニャカウダーやら。
握りしかみたことがない人には、手巻きの自由度や、ちらし寿司の盛り付け、ウニってなんだ、といった驚きが多かったようだった。その他にも、ポカリやカルピスといったトリビアに溢れる飲み物と、うまい棒めんたい味(delicious bars, spicy fish egg flavor)、納豆、塩辛等、ありとあらゆるものを食べさせて楽しかった。

極め付けはサケボム(参照)。




留学当初の一つの目標だったので、疲れたけど達成感もひとしおだった。

2009/11/01

サンフランシスコ観光(初級)

中間試験が終わり、事実上の3連休(宿題はあるけど)になったので、渡航後初めて、生活セットアップとは関係ない休日を経験している。この2ヶ月は相当ハードで休日も何かと課題やイベントがあり、シルバーウィークのお休みもなかった(笑)ので、身体が少し解れる 感じをやっと経験している。

それで、思い立ってサンフランシスコの初級者編観光をしてきた。サンフランシスコ市については港町、という以外には正直何も知らないに等しいので、シーフードと港に絞って見てきた。

Swan Oyster Depot
1517 Polk St, San Francisco
(415) 673-1101
0800-1730(日曜休)

数々の日本人ブログで高評価のシーフードバー。カウンターに15人程度の椅子が並び、エビ、カニ、生牡蠣ほかを味わうことができる。


見てのとおり、地元の人はとりあえず一人で来て、ならんで(20分くらい)、ビールを引っ掛けて、コンビサラダを頼んで帰っていく。もう少し気合を入れてきた人は、生牡蠣を6個ずつくらい、商売相手と食べたりしている。平日の昼間なのに。




上から、コンビサラダ、エビのカクテル、クラムチャウダー。こちらに住んでいると、海産物が豊富とはいえ、なかなか新鮮なものに出会うことが日常的にはできない。その点、ここのは大満足。コンビサラダは、一見これで19ドルも取るの、という感じなのだが、カニやエビが雑に置かれているのに、凄く身が詰まっていて、こっちの人の「盛り付けにこだわらない」文化を感じさせる。



そして生牡蠣。わが家は過去に生牡蠣の毒牙にかかったことがあるので、トラウマもあるはずなのだけど、そんなのお構いなしに食べる。これで10ドルくらいと安い。
お店上記と飲み物を合わせると軽く5000円(強い円換算)行くのだけど、これは毎回来ることになりそう、という印象。お店のおっさんたちが気さくで、米国とは思えない接客姿勢。「客の食うぞ」という雰囲気と、カウンター内の一体感を味わうに一つのお店を思い出してしまったが、文字で書くと何だかアレなのでリンクだけ張っておく(参照

なお、お店は1730には閉まってしまうので、並ぶ時間がないのであれば、1130までには来たほうがよいみたい。

その後は初心者的市内観光。


サンフランシスコは、本当に何でこんなところに街を作ったの、という場所。坂の勾配が常軌を逸している。四駆の車が売れる理由がわかる気がする。
車があると足が疲れない分、この点が満喫できる。そして、坂を上りきると海が見える、といったワンダフルな景色も一杯味わえる。


そういえば路面電車も健在。どの電車もほとんど満員の状態で走っている。


フィッシャーマンズ・ワーフから観たアルカトラズ島。元・アルカポネの収容されていた刑務所。海が多いと、晴れやかな気分にはなるのだろうけど、監獄だものなあ。
過去に、ここからプリズンブレイクした人たちは結構いたのだけど、海流は激しく、ほぼ全員が溺死か射殺だったのだと。ちなみに、この海にはちゃんとサメも泳いでいるそうです。


ワーフから見た市街地。山間を全く無視して建物がぼこぼこ建っている感じが面白い。


ちなみにスタンフォードのあるパロアルト市からサンフランシスコ市内までは、道がすいていれば1時間程度、込 んでいれば1.5時間強といったところ。前日のラヴィシャンカールのライブと合わせて、渋滞で悪名高い道路「101」の餌食には3回なったが、夕方の時間 帯は上り下りの両方とも、レッドウッド付近で結構混むイメージがある。

2009/10/30

ラヴィ・シャンカール@サンフランシスコ

中間試験が終わり、インド人夫妻に紹介されたラヴィ・シャンカールのライブを聴きに行った。
http://www.sfjazz.org/concerts/2009/fall/artists/shankar.php

前日まで試験勉強できりきりまいだったために、最初は「民族音楽」くらいなのだろうと思っていったのだが、どうも着いてみると雰囲気が違う。皆が超集中して、一つの音も聞き漏らすまいとしている。そもそも主催はサンフランシスコのジャズ音楽のプロダクション。

曲目すら良く分からなかったのだけど、どうもフュージョンっぽいけど伝統的な楽器ばかりでやっている感じ。前半の部はアルファ波全開で、夫婦共々ストーンと睡眠天国へと誘われた。(大変気持ちよかった)

そして後半。だんだんとジャズっぽさというか、セッションが盛り上がりを見せる。親子での競演なので、相性はばっちり、という感想を書きたいのだが、あいにくシタールの演奏を聴くのは初めてなので何ともいえなかった。
ただ、どんどんとジャムセッションは盛り上がっていく。何ともいえない打楽器やスキャットの応酬、ご老体の指から弾き出される軽快なリズム、お前はジミヘンかと思わせる娘のピッキング。後半は全く睡魔に襲われることなく、楽しむことができた。

終わった後、どうもスタンディングオベーションやおじいさんの挨拶する回数が多くて、この人は只者ではないのでは、というのが理解できてきた。
驚いたのは帰ってウィキペディアを開いたあたりから(参照)。シタール、という項目を開くと、このおじいさん、奏者として最初に出てくるのがこの人。ジョージハリスンの先生でもあったらしい。そして御年89歳。おじいさんとは思ってたけど、こんな長者であったとは。
さらに、ぶったまげた、のは、この人、ノラジョーンズのお父さんだったことである。何だか年齢が合わない気もするが、演奏していた娘とは異母姉妹で、娘のほうは自分とほぼ同い年。世代を超えた存在であることが良く分かった。

インドの文化は深くて、まだ良く分からない。これはおそらく冬にインド旅行をすることになると思う。

ご参考までに本人の演奏動画。確かにAcross the universeとかではこんな音色が使われてたな、と事後的に確認できる。


その2.Across the universe



その3.ジョージハリスンとのレッスンシーン

2009/10/18

歌舞伎公演@サンフランシスコ

サンフランシスコ州立大にて行われた歌舞伎公演に、インド人夫婦と一緒に行って来た。
サイトはこちら

日本でも本年の7月だったか、国立劇場でやっていた歌舞伎教室には行ってみたのだけど、正直こっちのほうが外国人向けに良く練られていて、面白かったような気もする。さすがエンタの松竹、というパワーを感じた。出演は中村京蔵氏および中村又之助氏。

前半は裏方の説明や、楽器の用いられ方が解説された後に、鷺娘が演じられた。鷺娘では引き抜きがテンポ良く3回ほど行われるので、初見の人にも優しい構造になっているのかもしれない。最初の10分ほど、おそらく睡魔と闘う方も多かったのだと思うのだけど、それを耐えた人たちは、相当集中した目で舞を見ていた。

後半は、よりいっそう盛り上がりを見せた。まず、女形の歩き方の基本や振る舞い、感情表現の説明がなされた。さらには、女形の化粧や着付け等、日本でもお目にかかれない舞台裏が壇上で拡大カメラを用いて解説される。その後実践編のように、石橋(赤と白の鬣を持った獅子が頭をぐるんぐるん回すのがハイライト)が実演された。
これほどまでに、歌舞伎への入門のハードルを下げた構成は見事なものだと思った。個人的にも満足したし、同伴した友人夫婦も結構満足いただけた模様。
ロス、サンフランシスコの後、シアトル、ポートランドおよびデンバーで公演をやるとのこと。その内容において、領事館の人たちによる通訳が入ったり、米国滞在暦が長そうなおっちゃんのうまい解説が入ったりと、細かい手作り感が大したものだと感じた。

話題は逸れるが、アジア人の飲み会では、複数の全く別の会話から、「日本語は話せないが読める。きっかけはFFかドラクエ。これをやるために、必死で日本語を読めるように勉強した」と言われて感動した。その昔、英国でケロケロケロッピがやたら人気だったりしたときに、この名前の意味を教えてくれとせがまれて困ったことを思い出した。文化のパワーが強ければ、言語や周辺環境への理解も必然的に追いかけてくるもの。別にゲームやキャラクターだけがソフトパワーではないと思うけど、もっと戦略的に、こういった文化を地道に売り込む努力の大切さを痛感し、各地の領事館の方々のご努力に改めて敬意を感じた。今日の歌舞伎は最後にはスタンディングオベーションで幕切れとなった。こういった取り組みが、たとえば一人でも多く子どもに日本語を習わせようとか、日本に旅行させてみよう、といった行動につながってくれれば、と思う。
そういう意味では、明日はGSBのグローバル・フィエスタなるイベントが開催される。こちらは日本食の中で最近もっとも外国人受けするとされる品を用意中。身近にできることから一つずつ。