2011/10/09

jPodとJobs Forever

一人の経営の天才が亡くなられた。
心からのお悔やみを申し上げたい。

エクセルを使えないマシンはクソだ、と言っていた自分が、シリコンバレーという地を経ただけで、今やMBAと呼んだときに経営とは関係ない物を想起し、実際にそれを使ってこのポストを書いている。部屋の中に、音楽用のドックも含めたらiPhoneを充電できる機材が7個もあった。それだけでもすごいことなんだと、改めて思う。

ジョブス逝去の報を聞き、ビジネススクールの話題とかぶる一つのトピックを思い出した。
それはjPod教授のこと。

スタンフォードGSBに入学すると、最初の学期の間、一冊の教科書を用いた経営学の授業がある。Strategic Management、日本でも和訳が出ているこの教科書(参照、訳は石倉先生です。Mさん卒業したら返してください)をベースに、伝統的なケースベースの戦略論の授業の講義が行われる。
この教科書の共著者には、現GSB学長のサローナーと共に、ジョエル・ポドルニーの名前が連なっている。ポドルニー教授はこの教科書に携わった後、HBSで教壇に立ってから、イェール大学のビジネススクールに移り学長としてリーダーシップを取っていた。

(そういえば一度、Yaleのビジネススクールを受験して訪れたときに、教授にちょっとだけ挨拶したことがあった。受験生の立場なので、こちらはかしこまりまくりなのだが、小さなフレンドリーな校風の中で、在学生から親しみを込めてjPodと呼ばれていたのを覚えている)

さて、このポドルニー教授、そもそも三十代でビジネススクールの学長にもなっているのだが、順風満帆と言われたアカデミシャンとしてのキャリアから、2009年のはじめにアップルに転職している。正確には、Apple Universityの学長に就任しているので、転籍になるのだが、どうやらこの転籍、ジョブスの経営上の意思決定を洗いざらいデータとして蓄積し、アップルの後継となる経営幹部に伝承していくためのものとのこと。日本語では、こちらの記事に詳しい(参照)。この話を初めて聞いたとき、こう思ったものだ。当時から、相当病状が重かったとささやかれる中で、この組織はアップルのタージ・マハルのようなものになるんではないか、と。

この試みは、経営学という範疇の中では、少なくとも世俗的な関心が最も高いテーマなのではないだろうか。
ジョブス、もしくはアップルの功績自体は10年後にしか検証できないものなのかもしれないが、今の時点でこれだけの企業価値に、秘伝のタレがあるのだとすれば、それは死んでも味わってみたいと思うのが、アカデミシャンの性なのかもしれない。だけど、jPodの移籍からかれこれ約2年半、Apple U.で行われていることについて、何一つクレディブルなことを聞いたことが無い。jPodのtwitterアカウントも、なんというか差し障りない感じで、1月以降更新が無い(参照)、好奇心が募るばかりである。

個人的に、MBAや役員向けのエリート教育の中から、ジョブスのコピーを生むことができるか、と問われれば、そりゃ無理に決まってる、と断言できる。マネタイゼーションの発想、デザインのセンス、ビジョナリーとしての視野、どこかで一貫しており誰にも理解されている人間像、すべてを取っても、MBAに来る段階では養うには手遅れなところがある。そういえば、在学中イーコマースの授業で、もうありとあらゆるネット企業を分析してきたメンデルソン教授も、アップルみたいなエコシステムを「分析からの逆算で」作ることは不可能、みたいなことを言っていた気もする。

さらに、イノベーティブになりたいとか、自由な心でありたいとか、そういうモチベーションでApple Universityの最高の薫陶を受けたとしても、それは所詮応援団の中の、砂かぶり席にいるようなものである。良い一番を見せていただきました、ではすまされないので、この組織のことを考えると、結局それは、すでに相当なビジョナリーである人間に対して、案外普通の製造業にとっての、オペレーションとマーケティングを教えることなのかな、という気もする。ティム・クックは、おそらくそこら辺のオペレーションの教授よりも別次元の工程管理を肌で行っていることなのだろうし、今後はそういう知識の蓄積がなされていくのかな、と感じている(以上妄想おわり)

個人的にGSBは巧いなあ、と感じるのは、結局こういう事象については「自分が負けたくないことをがんばろう」、即ち、What matters most to youという、出願(参照)の時点で答えを出してしまうものに賭けようぜ、という筋道を最初から示していることだ。何を考えていても、やっぱりここに帰ってきてしまう。そうすると結局なのだが、純朴なコアを大人げなく守り抜くこと、が解になる。他人からみたら、Hungry and Foolishといわれることなんでしょうね。

敢えて一言付け加えるなら、そのFoolishであり続ける生き方を選んだ人には、与えられた課題に対するハイパフォーマーとなることでできるだけ邪魔されないようにする、というのが、MBA教育の付加価値なのではないでしょうか。