2009/10/31

体重管理 2009年10月末

2009年
8月末:82kg
9月末:79kg ⊿=-3kg
10月末:78.5kg ⊿=-0.5kg

生活環境はほぼ落ち着き、欠食やストレスによる減量への寄与度は減少。一方、自転車を盗まれたことにより、往復計25分程度のウォーキングによる効果(チャリ通学効果を差し引いたネットベース)が発生している。朝は所要13分の距離を10分で歩いているので、かなり競歩気味。あと、食生活でも昼はサラダ(といってもボリューミー)の日とかが増えた。あと、勉強もそれなりにしてるので、脳みそも結構カロリー消費してるはず。
以上を合わせると、複数のエネルギー消費理由があるのに、さほど減量が起きていない気がする。11月あたりからは運動量を増やさないと増加基調となるかもしれない。

2009/10/30

ラヴィ・シャンカール@サンフランシスコ

中間試験が終わり、インド人夫妻に紹介されたラヴィ・シャンカールのライブを聴きに行った。
http://www.sfjazz.org/concerts/2009/fall/artists/shankar.php

前日まで試験勉強できりきりまいだったために、最初は「民族音楽」くらいなのだろうと思っていったのだが、どうも着いてみると雰囲気が違う。皆が超集中して、一つの音も聞き漏らすまいとしている。そもそも主催はサンフランシスコのジャズ音楽のプロダクション。

曲目すら良く分からなかったのだけど、どうもフュージョンっぽいけど伝統的な楽器ばかりでやっている感じ。前半の部はアルファ波全開で、夫婦共々ストーンと睡眠天国へと誘われた。(大変気持ちよかった)

そして後半。だんだんとジャズっぽさというか、セッションが盛り上がりを見せる。親子での競演なので、相性はばっちり、という感想を書きたいのだが、あいにくシタールの演奏を聴くのは初めてなので何ともいえなかった。
ただ、どんどんとジャムセッションは盛り上がっていく。何ともいえない打楽器やスキャットの応酬、ご老体の指から弾き出される軽快なリズム、お前はジミヘンかと思わせる娘のピッキング。後半は全く睡魔に襲われることなく、楽しむことができた。

終わった後、どうもスタンディングオベーションやおじいさんの挨拶する回数が多くて、この人は只者ではないのでは、というのが理解できてきた。
驚いたのは帰ってウィキペディアを開いたあたりから(参照)。シタール、という項目を開くと、このおじいさん、奏者として最初に出てくるのがこの人。ジョージハリスンの先生でもあったらしい。そして御年89歳。おじいさんとは思ってたけど、こんな長者であったとは。
さらに、ぶったまげた、のは、この人、ノラジョーンズのお父さんだったことである。何だか年齢が合わない気もするが、演奏していた娘とは異母姉妹で、娘のほうは自分とほぼ同い年。世代を超えた存在であることが良く分かった。

インドの文化は深くて、まだ良く分からない。これはおそらく冬にインド旅行をすることになると思う。

ご参考までに本人の演奏動画。確かにAcross the universeとかではこんな音色が使われてたな、と事後的に確認できる。


その2.Across the universe



その3.ジョージハリスンとのレッスンシーン

2009/10/25

典型的な一週間 (EAP中)

GSBの生活は、基本的に月火木金に授業が集中している。EAP期間中の自分の時間割は以下の通り。

月 1000-1130 グローバル経営論
  1330-1500 組織行動論
  1515-1700 企業戦略

火  800- 945 ファイナンス

水  830-1130 リーダーシップトレーニング

木 1000-1130 グローバル経営論
  1330-1500 組織行動論
  1515-1700 企業戦略

金  800- 945 ファイナンス
  1330-1500 クリティカルシンキング


これらの授業には一コマ最低でも2時間は確保したいところ。2時間では、ケースをざっと読み込んで、そこそこの論点を考えるのが自分の限界。ケースとは別に30-40ページくらいの読み物が付随していることが多く、これらは本当に流し読みになっているのが正直勿体無いところ。授業によっては、事前に指定されたチームでどんな戦略を提案するのかの検討を要求する例もけっこうある。
加えて、クリティカルシンキングの授業において、毎週水曜21時締め切りのペーパーがあり、読書やDVDでの情報インプットと作成、ライティングコーチの査読に出すプロセスも含めて、個人的にはのべ10時間くらいを費やしている。
上記を合計すると、一週間だと準備・課題作成に最低28時間は確保する必要がある。平日だけで換算すると一日(集中した)6時間弱。付加的なリーディングに10時間くらいそれとは別に割くため、平均的な就寝時間は3時過ぎくらい。結構勉強しているなあ、という実感はある。
惜しむらくは、すでに「情報量のオーバーキャパシティ」を実感してしまっていること。すでに理解ができていることだったら良いのだけど、中々授業の復習に割く時間が確保できない。ほとんどの日において、時間的余裕がないために、家に帰ったらすぐに次の日までに必要な課題のリストアップを始めてしまう癖がついてしまった。そうすると、その日のケースを通じて考えたり、浮上した疑問については正直手放しになってしまう。なんとかしたいところ。

2009/10/24

Week 5 終了

今週はいつにも増して大変な一週間だった。中間試験前に、中間課題なるものが3件課されており、普通のワークロードに更に嵩増しした感じ。来週は試験なので、週末も一応勉強ということになっている。

0.EAPについて

本ブログで触れてこなかったが、現在GSBの一年生はEAP(Exclusive Academic Period)と呼ばれる「学業専念期間」にあり、これが中間試験が終わる来週まで継続している。この期間が2年間の間では一番大変だとか、就活しないで済むからまだいいとか、そんな意見がちらほら。原則的にクラブ活動(ビジネススクールには職業系クラブ(金融、コンサル、マーケティング等)、体育系クラブ(サッカー、アメフト等)、その他(愛犬、ワイン等)がある)も禁止されている。これが来週から一斉解禁になる予定。

1.課題の山
グローバル経営論、戦略論、リーダーシップトレーニング(後述)の課題がそれぞれあり、平均して5-6時間くらい消耗。これに加えていつもですら読みきれてないコースリーダー(読書)があったので、今週は授業が消化不良も良いとこだった。消化よりも、もはやコールドコールを巧く避けるか、何とかやり過ごすかというゲームになってしまった。
課題については、英語を書くスピードはそれなりに上がってきた気もするが、やっぱり元々何を書くかに時間を消耗する度合いは変わらない。クリティカルシンキングの授業を通じて、少しずつこっちの人に受ける思考方法や、テクニックを学ぶことはできている気がするが、中々ブレークスルーとか、そういった物がある分野ではないので着々と、とにかく書いた枚数や貰った点数の累計とかで、自己満足を覚えていこうと思う。

2.友人の誕生パーティに飛び入り参加
こんなに忙しい週だというのに、友人は誕生パーティを開催。たいしたものだ。アイスが好きらしくアイスパーティなるものだったが、家にあった調理用の日本酒を持参して、少し飲ませて帰ってきた。

3.チームからのフィードバック
リーダーシップトレーニングの授業では、以前書いたチームのメンバーから、綿密に「どのようにコミュニケーションスキルを磨くべきか」という批評を半期ごとに受け取ることになっている。今週はこれがあり、7人のチームメートにそれぞれ30分~1時間のフィードバックを記入した。提出時間が過ぎると、逆に自分へのコメントが閲覧できるようになる。
フィードバックでは、必ず長所と短所をセットで書くようにできているので、改善点についても本当に忌憚のない状況で反省点が示される。まだ一読した限りだが、これが本当に有益なものだった。ビジネススクールというRisk Free Environmentの中で、レベルの高い学生の綿密なやり取りから生まれるラーニングは貴重なものになった。こういったフィードバックをもらえることが、ウェブベースのMBAプログラムとは異なる点だし、フレンドリーな学校ならではの醍醐味なのだろう。

4.ファイナンスの授業はちょっと楽
やっぱりこれは少し楽をしてしまっている。MM定理とかをゆっくり解説してもらいながら、色んなことに想像を膨らませられるのは結構豪華な時間。
ファイナンスの授業は、一応最上級のクラスに入れて貰っているのだが、経験者は皆ちょっと退屈しているような感じ。パソコンを原則持ち込んでエクセルをいじる授業(必須ではないが)なので、何人かの学生がデイトレに勤しんだりしている。ただ授業そのものも楽しいので、頭の体操には良い感じ。朝から8時の授業なので、まあ、しょうがないのかも。。。

2009/10/23

ロシア著名投資家の講演

中間試験前で慌しいGSBの毎日。そんな中、ロシアで投資活動を行う卒業生ビル・ブラウダー氏の講演があった。ここ2年ほどで聞いた中では、一番エキゾチックな内容の講演だった。




同氏はロシアで13年前よりエルミタージュ・キャピタルという運用会社を創立している。ロシアでもっとも有名な「アクティビスト投資家」であるそうな。ただ、そこにいたるまでのキャリアも非常に面白い。以下だらだらと箇条書き。


・祖父はカンザス州出身。祖父は牧場を経営していたが、売却することになり近くの工場に勤務。工場内の組合活動で頭角を現し、次々に大きい組合へと転進。組合活動が嵩じて、最終的にニューヨークで「米国共産党書記長」となる。その後、ロシアに移動し、祖母と出会い結婚。米国に戻る。
・そんな祖父を持つビルは(共産党一家に対する)反抗期になってスタンフォードGSBに進学。しかし、就職する前になって自分の競争優位は祖父だ、と気づく。東欧でのビジネスを2年生だった1989年に模索。そんな人は当時全くいなかった。
・ボストンコンサルティングのロンドン支局に変わったマネージャーがおり、「東欧ビジネスが立ち上がった際には君が責任者になれ」というお触れで採用。さっそく、東欧でのコンサル仕事を探し始める。
・当時、ちょうどポーランドのバス会社が世界銀行がらみでコンサルを探していた。仕事自体はリストラ絡みのつらいものだったが、現地の新聞を眺めながらポーランドでは民営化が進展していて、株式の公募が行われていることを知る。財務諸表を見てみると、どう計算しても「株式の公募価格が前年一株利益の半額」という水準になっており、とりあえず全財産の4000ドルを同株式につっこんで見た。
・1年後、株価は10倍に。10倍に増えるのを見ると、身体に変な薬物が流れるのを感じた。東欧はとんでもない場所なのではないかと思い、ビジネスをしなければ、と確信。
・ソロモン・ブラザーズに移籍。入社当日、「給料の5倍稼がなかったらクビ」と宣告される。で、とにかくポーランドやハンガリーの民営化案件を回ってみるが、全くサークルに入れてもらえない。しょうがない、と思っていた中、ロシア市場にもたまたま目を向ける。当時ソロモンはおろか、ウォール街の人間は誰もロシアで投資銀行業務をやっていなかった。東欧担当だったので、勝手にロシア担当も襲名。
・ロシアで、漁業権の買収に関する助言案件をゲット。20億ドル相当の船舶を、250万ドルで買うべきか、という助言であり、おそろしく簡単であると共に、例の薬物が流れるのを再度感じる。
・こんなに美味しい話があるわけがないと、モスクワで情報収集を実施。すると、今度は国民に国営企業の民営化バウチャーが配られていることを知る。その額が、全国有企業の30%の株式で100億ドル。安すぎると感じ、ソロモン内で騒ぎ始めたが、当時は「お前どうかしてる」という態度で相手にされなかった。
・当時の超上級幹部からこの件でプレゼンを頼まれる。熱心にプレゼンをするも、彼は興味がなさそうにしており、全く相槌を打つことなく、20分ほどしたら部屋を出て行ってしまった。途方にくれていると、十分後に戻ってきた。「こんなにすごい話は聞いたことがない。リスク管理部に今2500万ドル投資するよう言ってきた」。
・投資を行ってみたところ。7ヶ月でポートフォリオが5倍に。
・1億ドル稼いだ男としてエコノミストに紹介される。同時にソロモン内で一躍引っ張りダコに。社内にロシア・タスクフォース委員会が設置されるも、どう見てもパートナーが自分の手柄の横取りをしているようにしか見えなかった。退社し、1996年、自分でエルミタージュ・キャピタルを創業。
・とある大型プライベートバンクから2500万ドルの運用資金を獲得。投資先として、石油企業に目を付けた。当時。クレディスイスがアナリストレポートを発行している会社は、ほとんど差がない同業他社の10倍の株価がついていた。よって、カバーされていない銘柄を独自に調査をし、投資。
・最初の一ヶ月で35%、二ヶ月目に40%のリターンを記録。プライベートバンクの顧客から運用資金が殺到し、一気に元本が1億ドルに。その後、18ヶ月で800%のリターンを記録した。
・30代前半、800%、楽しい毎日、ヨット生活のススメ。これらは、全部「売り」のシグナルだったのだけど、全部見過ごしてしまった。
・ロシア危機が発生。10億ドルの運用資産は一気に1億ドルに。資産が減る中で、投資先企業からロシアの不正勢力に資産を強奪されていたことに気づく。
・情報を集めると22人の重要人物が、ありとあらゆる形で、国有企業等から原油等の権益を奪っていた。
・当時、ガスプロムはエクソンモービルに比べて0.3%の株価しかついていなかった。その理由は権益が強奪されていると思われていたから。ただ、さすがに0.3%はないだろうと思い、調査を開始。40人の重要人物に会食を申し込む中で判明したのは、人々の不正に飽き飽きした態度と、すさまじい額の横領であった。9人の重要人物が、エクソンモービルの有する権益の規模に相当するガス田を手に入れていた。しかし一方で、その規模はガスプロム全体の9%に過ぎず、まだ多くがガスプロムに残っていることも分かった。
・さっそく投資を実行。同時に調査結果をFTやWSJ、ビジネスウィーク等のメディアに一斉に送りつけた。クレムリンは火の海に。同年後半、プーチンが大統領に就任して最初に行ったのは不正問題の浄化であった。
・ガスプロムの株価はその後100倍に。その後も銀行等への投資を行って今に至っている。
その後ビデオによる解説



http://www.youtube.com/watch?v=ok6ljV-WfRw&hl=ja

要点は
・07年に国家安全上の脅威として入国拒否。その後のダボス会議でメドベージェフ氏にビザの発行を頼むが、快諾されたと思ったら、自分のオフィスへの捜査が行われる。持ち出された企業の重要資料を用いて、12.6億ドルがなぜか横領される。その上、2.3億ドルの納付済みの税金が別の犯罪グループに横領される。担当弁護士も逮捕されたりしていて、色々大変。


ブラウダー氏はソロモンで荒稼ぎした人に多いような気がする涙袋をしていた。それは良いとして、最初はアントレ的な視点でビジネスを拡大しながら、いつの間にか命を狙われるような存在になる躍動感。1時間の講演で聞けたことは限られていたが、パワーはすさまじいものがあった。

日本でもジムロジャーズの世界行脚本が結構読まれていたりするくらいなので、90年代央のようなエキゾチックな海外投資というのは、ちょっと今の世界では考えづらい。ただ、同じくらいに誰の視点の中心にもない運用機会・ビジネスというのは存在するはずで、そんな対象に頑なにコミットする人ってこういう人なんだな、という感想を持った。あと、独特の出自というのは別に成功していなくても話として面白かった。そういうものを大切にしながら、ビジネスをすることは大事なんだなあ、と感じた。

2009/10/19

Global Fiesta Day

毎年開催される万国料理自慢大会。自分の発案で、ウォートンの同様イベントで高い評価を受け、諸所でも「もっとも完成された日本料理」としても名高いジャパニーズ・カレーを出してきた。家内が夜なべして玉ねぎを煮詰めて作ったカレーの受けも良く、1.5時間くらいで完売。初めて食べた人たちには新鮮な驚きだった模様。一方ニューヨーカーの間ではゴーゴーカレーの評判がすでにそれなりにあって(超推奨記事)、カツはないのか、とまで言われた。

イベントに際しては、料理だけでなく服装の万博にもなることが予想された。いちおう、浴衣というオプションはあったのだけど、敢えてキワモノでいくことにした。













参考資料







by [Z]ZAPAnetサーチ2.0







by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

これを不審者と言わずして(以下略)

カレーは自己評価でもすごくおいしかったと思うのだけど、どう考えてもビジュアルの方で目立ちすぎてしまった。東京ドームシティに日曜日に参集するコスプレーヤーよろしく、夫婦で写真をせがまれまくる。
ただ、ショックだったのは、ポケモンの知名度。日本のソフトパワーを信じすぎていたのかもしれないけど、たぶん7割くらいの人が「黄色い服は何かのアニメだろう」という感じで興味を示してきていた。Pokemonを知っている人はいても、Pikachuを知っている人は全体の1割未満。Pocchamaに至っては日本人の間でも全く知られていない。別に知っていて当然とは思わなかったけど、常識ってこういうものなのか、という発見であった。

大人数向けの料理においてはカレーが良いのかもしれないけど、やはり少人数で寿司を振る舞うのももうじきやりたい。こういう機会を通じて、それなりに日本の個性への理解を広めていきたい。まだGDP3番目の国なんだもの。

2009/10/18

歌舞伎公演@サンフランシスコ

サンフランシスコ州立大にて行われた歌舞伎公演に、インド人夫婦と一緒に行って来た。
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日本でも本年の7月だったか、国立劇場でやっていた歌舞伎教室には行ってみたのだけど、正直こっちのほうが外国人向けに良く練られていて、面白かったような気もする。さすがエンタの松竹、というパワーを感じた。出演は中村京蔵氏および中村又之助氏。

前半は裏方の説明や、楽器の用いられ方が解説された後に、鷺娘が演じられた。鷺娘では引き抜きがテンポ良く3回ほど行われるので、初見の人にも優しい構造になっているのかもしれない。最初の10分ほど、おそらく睡魔と闘う方も多かったのだと思うのだけど、それを耐えた人たちは、相当集中した目で舞を見ていた。

後半は、よりいっそう盛り上がりを見せた。まず、女形の歩き方の基本や振る舞い、感情表現の説明がなされた。さらには、女形の化粧や着付け等、日本でもお目にかかれない舞台裏が壇上で拡大カメラを用いて解説される。その後実践編のように、石橋(赤と白の鬣を持った獅子が頭をぐるんぐるん回すのがハイライト)が実演された。
これほどまでに、歌舞伎への入門のハードルを下げた構成は見事なものだと思った。個人的にも満足したし、同伴した友人夫婦も結構満足いただけた模様。
ロス、サンフランシスコの後、シアトル、ポートランドおよびデンバーで公演をやるとのこと。その内容において、領事館の人たちによる通訳が入ったり、米国滞在暦が長そうなおっちゃんのうまい解説が入ったりと、細かい手作り感が大したものだと感じた。

話題は逸れるが、アジア人の飲み会では、複数の全く別の会話から、「日本語は話せないが読める。きっかけはFFかドラクエ。これをやるために、必死で日本語を読めるように勉強した」と言われて感動した。その昔、英国でケロケロケロッピがやたら人気だったりしたときに、この名前の意味を教えてくれとせがまれて困ったことを思い出した。文化のパワーが強ければ、言語や周辺環境への理解も必然的に追いかけてくるもの。別にゲームやキャラクターだけがソフトパワーではないと思うけど、もっと戦略的に、こういった文化を地道に売り込む努力の大切さを痛感し、各地の領事館の方々のご努力に改めて敬意を感じた。今日の歌舞伎は最後にはスタンディングオベーションで幕切れとなった。こういった取り組みが、たとえば一人でも多く子どもに日本語を習わせようとか、日本に旅行させてみよう、といった行動につながってくれれば、と思う。
そういう意味では、明日はGSBのグローバル・フィエスタなるイベントが開催される。こちらは日本食の中で最近もっとも外国人受けするとされる品を用意中。身近にできることから一つずつ。