出国前に、友人、会社の同僚皆に心配された最大のトピックは、学業ではなく体重である。
これまでの遍歴で言うと、18~25歳の間は72kg前後、結婚して80キロ台に突入、出国前は82kgまで到達していた。これが、飽食の国でどうなるか、は友人の間ではすでにギャンブルの対象となっている。
なので、一応毎月末、ご報告をしようと思います。
8月末:82kg
9月末:79kg ⊿=-3kg
ちなみにこの間、香港での暴食経験が存在しているので、最大値―最小値は4kg程度になっていると推測。新生活と、学業にかかるストレスに加えて、やっぱり外食の質に由来するところが現状では大きいと分析しています。
2009/09/27
Week 1が終了
1週目はオリエンテーション的色彩があったものの、とうとう本格的に授業が開始。
合計5科目(企業金融、戦略論、リーダーシップ形成、クリティカルシンキング、グローバル経営論)について、おおむね週に2回ずつ授業があり、ケース一つ、リーディング50ページ程度が授業ごとに課されている。ものによっては100ページを超える場合も。
とにかく時間が捻出できない中で、クラスメートは夜飲み会に繰り出したりとImpossibleを行っている。すごすぎる。
2週間終わって、まったく会話ができない「うなずきマシーン」からは多少脱したものの、やはりこちらの人の会話のレベルにはついていくのが大変。(1)言語能力の壁、(2)地頭の壁、(3)コミュニケーションの壁、の3つでいうと、(1)、(2)はしょうがないが、(3)はとても高く、努力次第といえ、たいした高さだと思う。
ただ、だんだんと慣れや、力の抜き加減も体得中。一度は「今コールドコール(先生からの指名回答)されたら終わる」状態で90分耐え抜く経験(ネームカードを読めないように級友の頭の後ろに移動。我ながらセコすぎる)をした。
また、日本から3名のお客様をもてなす。うち、1名は結婚式でスピーチをしてくれた家内の親友で、都合3泊して頂いた。新しい家でのアコモデート方法やら、家具の調達やらがいろいろと上達。加えて、他学部への出願希望者に学生を紹介する、といったロジスティクスも経験。もう先輩ヅラするのも僭越なものの、自分が昨年10月に経験した状況を思えば、できるだけ還元したいとの思いでお手伝い。日本人同士での異国での体験には、日常にはない感慨が残り楽しい。
日本からの学生の研修旅行の打ち上げ会にも参加。さまざまな、こちらで活躍されている方々にお会いし、渡辺千賀さんにこちらでの生活情報を教えて頂き、励ましいただくという栄誉にも与る。シリコンバレーに来てみようと思った契機となった本の著者に簡単に会えたりするのは、やっぱり有難いことだなと感じた。日本でのビジネススクールの集まりにも、冨山さんが気さくに話しかけてきてくれたりと、正直こんな身分でよいのだろうか、みたいな経験が多い。ありがたや。
2009/09/19
Week Zeroが終了
開始が遅いとかごねていたものの、到着し、授業が開始して一週間目が終了。
この週は、Week Zeroと称され、授業は2種類しか行われず、他はオリエンテーション等に費やされた。今年入学の学生数は385人、これらが6のセクションに分割され、約60人超のメンバーで基本的に授業が進行する。
会計学の授業
会計学は、応用・経験者向け・基礎編の3段階にレベル分けがなされている。もっとも、PE出身者が基礎コースにいたり、物理学出身のエンジニアが応用にいたりと、直観と合わない変更もなされている模様。全4回という、入門的位置づけ。
いちおう、金融機関出身ということで応用コースに配属された。会計の授業は、BS・PL・CFの見方という、非常に基礎的な事項に終始している。ただ、よく考えると証券アナリスト試験(もろくすっぽ取り組まなかった)程度の知識しかない自分にとっては、良い基礎固めになった。渡米前にかろうじて読んだ三位一体理解法の本は、その準備として大変役立っている。
また、4回目の授業においては、バランスシートと収益構造から企業名をリストから当てる問題も出された。それまで、なかなか英語でグループワークをやるのには苦労していたのだけど、金融用語であれば、外国人相手にそれなりに体力を発揮できるだけでなく、確実にコミュニケーションを行えることが確認できた。変な見方かもしれないが、ファイナンススクールに通えばこの点はもっと早く認識し、ある意味楽していたのかもしれない…苦労は買ってでもするべきなので、何というか良い経験になっているものと信じる。
チームワークの授業 (Managing Groups and Teams)
会計の授業は割と溶け込みやすかった一方、チームワークの授業は精神的にシビアなものであった。毎日、計5回の授業が行われ、毎回なんらかのゲームが行われた。初回は脚本を読んで殺人犯を当てるゲーム、2回目はレゴの形態を模写するゲーム、3回目は砂漠でのサバイバルに必要なツールを当てるゲーム、4回目は点数の異なるおはじきを取引するゲーム、5回目は予算制約のもと、16班に分かれて絵を描くゲームと、どれも小学校でやるような感じではあるものの、大人がそれを行うとヒエラルキーが生じたり、排他的にならざるを得ない状況になったり、真剣に喧嘩したり、といった状況が生じる。また、別に犯人を当てる能力や、交渉・取引の能力が大事なのではなく、その過程で生じる人間的ないざこざが焦点にあったりして、よく練られたものだと素直に感動。
ただ、1週目とは思えないほどにハードな議論が交わされていたことは、ある意味うれしくも厳しい誤算であった。また、犯人探しゲームなどは、20分で文献読んで~、と教授に指示されるものの、情報の半分程度しかカバーできない、といったハードルを早速感じた。授業でやっていること自体は楽しく、面白かったのだが、議論の輪に途中参加することは不可能に近いほど、会話と思考が高いレベルで行われていて、なかなか参加意識を持つことが難しかった。トップ校ゆえの性格ではあるかもしれないが、英語が一人前ではないことに、暗にエクスキュースが許されないような雰囲気がある。また、教授が質問を投げかければ、まず10本の手が挙がるような状態の中で、真にInsightfulなアイデアを述べることは、結構ハードルが高い。週の途中で、個性を出すことはしばらく諦め、とにかく頭を切り替えて、まずは発言することを自分の目標として再設定した。年内のうちに、この辺のコミュニケーションスキルを(飛躍的に)上げて行きたいと感じる。
それにしても、英語での思考能力が数割ダウンではあるとはいえ、周囲のレベルは非常に高い。正直、こんなに高いとは正直、想像すらしていなかった。ゲーム中、たまたま当たった交渉相手が、よく聞いたらヒューミント出身だったり、CIA出身だったりして、もう誰も信じられなくなるような(笑)スキルの高さに出会ったりする。また、軍隊出身者も多く、はっきりと物を大きな声で主張したり、目標設定とコミットメントがありえないくらいしっかりとしていたりもする。米国式のコミュニケーションと、英語能力、思考能力やパターンの違いという、3つの壁があることを認識して、どこまで同化していけるのか、まだ図りかねているような段階。
学事オリエンテーション
S大のプログラムでは、平均的な学生の社会人経験が4年程度であることもあり、独身の学生が多い。独身学生の大半は、チャールズ・シュワブの創設者が寄付したSchwab Residential Centerに居住しており、いかにもな独身寮生活を一年目の間は享受することになる。
しかし、既婚者や、同寮に入れなかった学生は、そのマジョリティの計画するパーティーやイベントへの参加率が必然的に下がる。これが2カ月ほど継続すると「FOMO(Fear of missing out)」と称される「仲間はずれじゃないか症候群」状態に陥るらしく、学事センターから「FOMOは一過性の病気、いずれみんなSchwab生活に飽きてきますよ」というアナウンスがあったくらい。
また、「我々は入学にあたって皆さんを個性で選んでいます。なので他人に合わせるようなことは考えないでください、Be yourself please.」と念を押したりもしている。ほかにも、「皆さんは大学で、それこそ周囲で競争相手がいないくらいに優秀だったのでしょう。でもここでは、その中でさらに競争が行われたりします。当校での評価でPass(優良可の可)を得ても、それは半端ではないレベルの可であると思って、自信を持ってください」といったコメントが行われたりしている。
週の終わりには、「皆さんの中には英語が母国語ではない人達もいます、ゆっくり話していてもちゃんと聞くように」といった、通達もあった。これには保護されて助かるような、甘んじるのを許可されるのがいやな様な、複雑な印象を持った。
加えて、Honor Codeと呼ばれる学生同士の協力に関する一定の制約についても、アナウンスが度重なり行われた。米国の大学では学生同士が協力することを、原則禁止している。その上で、教授の許可により、それを可能としているケースが多い。日本ではまず良く分からない概念ではあるものの、学生同士のフェアネスを確保することがその根底にあるとのこと。ゆっくりと順応していきたいところである。
スタディグループ
授業によりけりではあるものの、64人のセクションは4分割され、批判的分析をテーマとする16人の少数クラスが設定されている。さらに、それがリーダーシップを学ぶために2分割され8人のグループに、加えて細かいスタディグループとしてそれがさらに半分になり、最小単位では4人のグループとして、今後しばらくは学習を行うことになる。自分のグループは、人のよさそうな軍隊出身者(ただし声はデカい)、北京出身のITエンジニア(S大工学院卒)、ベイン出身の米国人、という布陣。正直、まともな英語が話せないのが自分だけで、そこそこ配慮をしてもらっているような気はするものの、やはりちゃんと議論に貢献していかないと、というプレッシャーはある。HBSに比べればフレンドリーな環境であるだけに、それには甘えずにやっていかないと。
授業の課題で作成した絵。中央の女性の顔を担当。ほとんど議論には参加しない寡黙な日本人技術系人材をアピール…
ちなみに、授業の構成としては、3人の顧客(生徒)が一定のスペックと予算をクラスに指示、クラス内で指名されたマネージャーが絵の具や画材等の値段を気にしながら、時間内に水彩画を作り上げるというもの。画の小さな原画は16分割されており、各テーブルで作ったものを張り合わせなければならない、というもの。計80分のみの作業時間の中にしては、かなりうまくできたほうだった模様。皆感動して写メールやら記念写真を撮っていた。
この週は、Week Zeroと称され、授業は2種類しか行われず、他はオリエンテーション等に費やされた。今年入学の学生数は385人、これらが6のセクションに分割され、約60人超のメンバーで基本的に授業が進行する。
会計学の授業
会計学は、応用・経験者向け・基礎編の3段階にレベル分けがなされている。もっとも、PE出身者が基礎コースにいたり、物理学出身のエンジニアが応用にいたりと、直観と合わない変更もなされている模様。全4回という、入門的位置づけ。
いちおう、金融機関出身ということで応用コースに配属された。会計の授業は、BS・PL・CFの見方という、非常に基礎的な事項に終始している。ただ、よく考えると証券アナリスト試験(もろくすっぽ取り組まなかった)程度の知識しかない自分にとっては、良い基礎固めになった。渡米前にかろうじて読んだ三位一体理解法の本は、その準備として大変役立っている。
また、4回目の授業においては、バランスシートと収益構造から企業名をリストから当てる問題も出された。それまで、なかなか英語でグループワークをやるのには苦労していたのだけど、金融用語であれば、外国人相手にそれなりに体力を発揮できるだけでなく、確実にコミュニケーションを行えることが確認できた。変な見方かもしれないが、ファイナンススクールに通えばこの点はもっと早く認識し、ある意味楽していたのかもしれない…苦労は買ってでもするべきなので、何というか良い経験になっているものと信じる。
チームワークの授業 (Managing Groups and Teams)
会計の授業は割と溶け込みやすかった一方、チームワークの授業は精神的にシビアなものであった。毎日、計5回の授業が行われ、毎回なんらかのゲームが行われた。初回は脚本を読んで殺人犯を当てるゲーム、2回目はレゴの形態を模写するゲーム、3回目は砂漠でのサバイバルに必要なツールを当てるゲーム、4回目は点数の異なるおはじきを取引するゲーム、5回目は予算制約のもと、16班に分かれて絵を描くゲームと、どれも小学校でやるような感じではあるものの、大人がそれを行うとヒエラルキーが生じたり、排他的にならざるを得ない状況になったり、真剣に喧嘩したり、といった状況が生じる。また、別に犯人を当てる能力や、交渉・取引の能力が大事なのではなく、その過程で生じる人間的ないざこざが焦点にあったりして、よく練られたものだと素直に感動。
ただ、1週目とは思えないほどにハードな議論が交わされていたことは、ある意味うれしくも厳しい誤算であった。また、犯人探しゲームなどは、20分で文献読んで~、と教授に指示されるものの、情報の半分程度しかカバーできない、といったハードルを早速感じた。授業でやっていること自体は楽しく、面白かったのだが、議論の輪に途中参加することは不可能に近いほど、会話と思考が高いレベルで行われていて、なかなか参加意識を持つことが難しかった。トップ校ゆえの性格ではあるかもしれないが、英語が一人前ではないことに、暗にエクスキュースが許されないような雰囲気がある。また、教授が質問を投げかければ、まず10本の手が挙がるような状態の中で、真にInsightfulなアイデアを述べることは、結構ハードルが高い。週の途中で、個性を出すことはしばらく諦め、とにかく頭を切り替えて、まずは発言することを自分の目標として再設定した。年内のうちに、この辺のコミュニケーションスキルを(飛躍的に)上げて行きたいと感じる。
それにしても、英語での思考能力が数割ダウンではあるとはいえ、周囲のレベルは非常に高い。正直、こんなに高いとは正直、想像すらしていなかった。ゲーム中、たまたま当たった交渉相手が、よく聞いたらヒューミント出身だったり、CIA出身だったりして、もう誰も信じられなくなるような(笑)スキルの高さに出会ったりする。また、軍隊出身者も多く、はっきりと物を大きな声で主張したり、目標設定とコミットメントがありえないくらいしっかりとしていたりもする。米国式のコミュニケーションと、英語能力、思考能力やパターンの違いという、3つの壁があることを認識して、どこまで同化していけるのか、まだ図りかねているような段階。
学事オリエンテーション
S大のプログラムでは、平均的な学生の社会人経験が4年程度であることもあり、独身の学生が多い。独身学生の大半は、チャールズ・シュワブの創設者が寄付したSchwab Residential Centerに居住しており、いかにもな独身寮生活を一年目の間は享受することになる。
しかし、既婚者や、同寮に入れなかった学生は、そのマジョリティの計画するパーティーやイベントへの参加率が必然的に下がる。これが2カ月ほど継続すると「FOMO(Fear of missing out)」と称される「仲間はずれじゃないか症候群」状態に陥るらしく、学事センターから「FOMOは一過性の病気、いずれみんなSchwab生活に飽きてきますよ」というアナウンスがあったくらい。
また、「我々は入学にあたって皆さんを個性で選んでいます。なので他人に合わせるようなことは考えないでください、Be yourself please.」と念を押したりもしている。ほかにも、「皆さんは大学で、それこそ周囲で競争相手がいないくらいに優秀だったのでしょう。でもここでは、その中でさらに競争が行われたりします。当校での評価でPass(優良可の可)を得ても、それは半端ではないレベルの可であると思って、自信を持ってください」といったコメントが行われたりしている。
週の終わりには、「皆さんの中には英語が母国語ではない人達もいます、ゆっくり話していてもちゃんと聞くように」といった、通達もあった。これには保護されて助かるような、甘んじるのを許可されるのがいやな様な、複雑な印象を持った。
加えて、Honor Codeと呼ばれる学生同士の協力に関する一定の制約についても、アナウンスが度重なり行われた。米国の大学では学生同士が協力することを、原則禁止している。その上で、教授の許可により、それを可能としているケースが多い。日本ではまず良く分からない概念ではあるものの、学生同士のフェアネスを確保することがその根底にあるとのこと。ゆっくりと順応していきたいところである。
スタディグループ
授業によりけりではあるものの、64人のセクションは4分割され、批判的分析をテーマとする16人の少数クラスが設定されている。さらに、それがリーダーシップを学ぶために2分割され8人のグループに、加えて細かいスタディグループとしてそれがさらに半分になり、最小単位では4人のグループとして、今後しばらくは学習を行うことになる。自分のグループは、人のよさそうな軍隊出身者(ただし声はデカい)、北京出身のITエンジニア(S大工学院卒)、ベイン出身の米国人、という布陣。正直、まともな英語が話せないのが自分だけで、そこそこ配慮をしてもらっているような気はするものの、やはりちゃんと議論に貢献していかないと、というプレッシャーはある。HBSに比べればフレンドリーな環境であるだけに、それには甘えずにやっていかないと。
授業の課題で作成した絵。中央の女性の顔を担当。ほとんど議論には参加しない寡黙な日本人技術系人材をアピール…
ちなみに、授業の構成としては、3人の顧客(生徒)が一定のスペックと予算をクラスに指示、クラス内で指名されたマネージャーが絵の具や画材等の値段を気にしながら、時間内に水彩画を作り上げるというもの。画の小さな原画は16分割されており、各テーブルで作ったものを張り合わせなければならない、というもの。計80分のみの作業時間の中にしては、かなりうまくできたほうだった模様。皆感動して写メールやら記念写真を撮っていた。
2009/07/16
米国MBA留学:学生ビザの取得手続き
本日F-1ビザを無事取得。準備は手間がかかったが、当日は楽であった。
取得プロセスについては、米国大使館のサイトは結構親切設計になっているが、やはり不安が多いので、後進のためにも一応メモ。正式な流れは;
http://tokyo.usembassy.gov/j/visa/tvisaj-nivgeneral.html
http://tokyo.usembassy.gov/j/visa/tvisaj-niv-walkin1.html
で把握されたい。以下は、夫婦子どもなしのケース。
必要な書類
・学校から送付されるI-20が2通(本人分、家内分)
・パスポート2通
・DS-156二人分
・DS-157(男性のみ)
・DS-158二人分
・写真2枚
・ビザ申請料金2枚のATMレシート (1.2万円×2)
・SEVIS Feeのカード支払い時の印刷画面OR番号(200ドル×1人分)
・EXPACK500 一つ(同居していれば一つでよいとのこと)
・逮捕歴がある場合等の内容・記録(あまり当てはまるケースはない?)
・面接予約確認書(二人分)
・財政証明 (社費留学の場合は会社の保証レター、私費留学の場合は残高証明?)
・大学の英文成績証明書(多分一人分だが、二人分取得して持参)
補佐的に必要かと思って持って行く資料
・学校からの合格通知
・TOEFLの点数結果とか持っていく人もいる模様
注意が必要な事前準備
・成績証明書は出願時に多め(出願校数+3通くらい)取得しておくと吉。これに関しては大失敗して、都合4回も家内や自分が取りにいく羽目になった
・銀行の残高証明は口座のある支店で手続きする場合でも要一日。そうでない場合は2日見たほうが吉
・SEVIS Feeはクレジットカードで、ビザ申請代金はATMで支払える。前者については、領収書が送付されるとのことだが、実際にはその場で表示される画面を印刷して持参すればOK、わざわざExpressメールにしてボラれる必要はない。後者はペイジー対応しているATMを探しておく必要有
・DS-157では友人の名前を二人書く必要があり、住所とかが手元にないとちょっと面倒
面接の予約
・I-20が学校から届くことを見越して、予約してしまうのも一つの手段(DS-156二人分の記入が予約前に必要)
・面接終了後、すぐにビザが届くケースもあるが、一応一週間超はフライトまでは見たほうが良い模様。やり直しの可能性も含め、早めに越したことは無い
面接当日
・大使館に入館するまでに非常に混雑するため、できるだけ前後の仕事は入れないほうがいい。自分の場合は80分待ち。真夏日は日傘推奨。予約時間の(だいぶ)前から並んでいても問題ない模様
・並んでいる間に、資料のチェックが入る。サインする箇所を幾つか忘れており、その場で訂正。ほか、現地住所を未定としていたが、大まかな住所でも可能だった模様
・一応、セキュリティチェックがあり、電子機器、USBメモリ等は預けることになる(USBメモリをカバンの中に入れていたら、いかにも米国セキュリティな「ブオン ブオン」という警告音が鳴って、自分がならず者状態化した環境にちょっと萌えた)
・一旦中に入ると、指紋採取と面接が行われる。資料チェックが並んでいる間に同時平行で行われていたらしく、短期間で呼ばれる。日本語を喋る外人職員ばかりで、何だかインターナショナルスクールの夏休みバイトも混じっていたのではないか
・面接官は日本語で話しかけてきたので、何だか悔しくて英語で返す。質問項目は異常なまでにシンプル。「学校名・コース名」「滞在期間」「社費留学か」「どこの会社?」「奥さんはなにするん?」
30秒も立たないうちに、「ハイ、アプルーブデスヨ、イッテラッシャイ」と言われた
全体的感想
・早めに揃えるべき資料のリストだけは作ること
・旅行代理店の活用は、本当に時間が無いケースを除けば結構無駄なのでは?(どうせ当方で記入する必要があるものばかりだし)
ちなみに、見聞した許可が出ないケースは以下の通り
・パスポートやDS-156を忘れる等の資料忘れ
・本人が二重国籍であるのに、普通の申請をしている場合
2009/04/09
MBA受験を振り返って
受験の結果がでたことで、「どうやったら受かるの」という質問をぼちぼちと受けるようになった。けれども、目の肥えたトップスクールの審査官相手に、厳密なハウツーというのは通用しないような気がする。
以下は、いわゆるトップ15~20校を目指す場合の出願者に向けた、緩い指南になる。世の中には、すぐれたMBA受験記が多いので、ハウツー・ネタを求めるなら、そちらの方がはるかに参考になると思われる。なお、ハウツーは通用しないと書いたものの、受験中は精神安定剤として、さまざまな話を「ありがたや」、とおおいに信じていたことを付言しておく。一つのケーススタディとしてお役に立てれば望外の喜びである。
1.受験、という枠組みで捉えられる試験
MBAプログラムへの出願を、堂々と受験といえる側面は、テスト勉強の部分である。各種予備校の受験情報を隈なく漁られたい。ハウツー・メソッドが溢れている分野でもある。
最終的には、TOEFL(iBT)で105点、GMATでは680点前後があれば「まず文句は言われない」という印象だろうか。もちろん、H/S受験者には、平気でGMAT770点の人とかザラに受けていて、しかも平気で面接に呼ばれない、という例もあるので、上側での差別化というのは意識しない方が得策かと感じた。なお、780-800点満点の人は、社会的にちょっと、という指摘すらあるのが面白い。
Testing time starts early , FT September 7 2008 より
A senior figure within a leading European business school says he has come across plenty of good candidates whose scores “began with a four”. Conversely, he says he tends to be cautious of people who score 780-800. “I look very, very closely at them,” he says, declaring that their social skills can often be deficient.
トップ校になればなるほど、際立っていると感じるのは、これは一定のスクリーニング・足きりをするための判断材料なのだ、という点。上述の点数以上を取れば、まずはしっかりと選考をして、エッセイを読んで、自分の背景を想像してもらえる、という「打席に立つ権利」であると理解したほうがよいのかもしれない。
個人的な戦績について触れると、日常的に英語に触れていることが奏功して、TOEFLはほぼ対策なしで110点を取ることができた。GMATについては700点という目標設定をしていたが、こちらは難航。文法が最後までちゃんと理解できず、勘のみで解いていると、VerbalのSCがいつまで経っても5割の壁を越えられないことに気付く。結局、こちらは4回受験して、ほぼ、まぐれあたりで2回出た32点が最終結果となった。これとQ満点を併せて、700点が達成された。
やはり、テスト勉強は苦手というか、真剣に取り組めない属性が自分でもこの時点で良く理解できた。現地でのプログラムに耐えられないのではないか、と思うほどに。そして、GMATが敢えてハードルと設定されていることは、出願者に一定のコミットメントを求めるためだという理解をした。こういうところで、「本当にMBAを受験して、2年間頑張りたいのか」を自分と会話するのもちょっと大事だと思う。
2.ほとんどはプレゼンテーション
受験、という言葉のイメージに比べると、MBAへの出願はプレゼンテーション能力に頼る部分が圧倒的に大きい。TOEFL、GMATは、プレゼンをしやすくするためのチケットに過ぎない。ただ、同時に思うのは、GMAT500点台であっても、本当にパワフルなエッセイと、それを裏付けてくれる推薦者、背景情報があれば、そんなの関係ない、という点である。
だいたいの人は、MBA受験を計画的・効率的には進められない。そもそもトップスクールを狙いに行く人には仕事ができる人が多いから、ストレスフリーに準備ができる人はほとんどいないはず。100%満足の準備というのが存在しない以上、個人的に大事になってくるのは、出願を終えた後での納得感ではないか、と思っていた。エッセイは自らとの対話である中で、この納得感を大事にすることが自分の中では大事だった。
この過程では、カウンセラーだったAdam Markus氏(※)のアドバイスが非常に役に立った。彼の助言を得ながら、エッセイに強く意識して入れていったポイントが3つある。それは;
(1)絶対自分しか書かないようなストーリー
(2)家族とのエピソード
(3)学校に対する愛情表現
である。
例えば、スタンフォード向けには、「10月のビジット時、家内と地下のカフェテリアで遅めの昼食を取った。横では学生が喧々諤々の議論をしているのを見て、『sutebuuも、金融業界について同じ位、クリエイティブな発想ができるようになりたいんじゃないの』と家内に指摘された」というストーリーを締めの部分では用いた。実は、他校に対しても同様のことをしていたのだが、「何だかとてもプライベートなことを聞いている、しかも結構独特」というのが、個人的にはエッセイを読んで、覚えてもらうためのポイントだと思う。
トップスクールには、ハーバード首席→投資銀行→ヘッジファンドのパートナー、なり、東欧で憂国の士ながらSNSを創業・売却、みたいな人が平気で願書を出している。そのような中、個人的には仕事面での功績・生活も、個性の一部として表現することが、多くの人にとっての最適解ではないかと思う。
上記について、1.と2.の重要性は、20%と80%、というのが、一連の出願結果を終えての感想。ただし、「時間を取って机でごりごり作業する」割合は、多くの人にとって60%:40%になるのではないか。結果に関わらず、この部分にはぜひ拘るべきであり、エッセイを書きながら、自分の知らない側面が紙に描かれるプロセスこそ、本当は大事なのではないかと感じる。これは、虚心坦懐に自分と向き合う作業にハウツーはないのと同様、これがないと、やっぱり読んで貰うエッセイも味気ないものになるのでは、と思っている。
以上の作業が下地としてあれば、インタビュー対策等、大変なプロセスはあるものの、「良い惰性」で作業が進むのではないか。個人的にはそうだった。第2ラウンド(もしくは年明け締め切りグループ)出願者であれば、年末は紅白を見ながら、この1年に悔い無し、と思えることが大事なのではないか。
受験の結果として残ったものを考えると、「人様に言えるようなアドバイス」というのは少ないことに気付く。ただ、自分にとってはアセットになるような、そんな気付きの多いプロセスでもあった。あとは、それらが留学中、どんな形でMaterializeしていくのかが、現状では楽しみな段階である。こればかりは、やってみないと、そしてたどり着いてみないと、分からない気分なのかもしれない。
※なお、Markus氏への賛助コメントを
http://adammarkus.com/results.html#FALL_2009_Client_Results_and_Testimonials
に掲載しています。
以下は、いわゆるトップ15~20校を目指す場合の出願者に向けた、緩い指南になる。世の中には、すぐれたMBA受験記が多いので、ハウツー・ネタを求めるなら、そちらの方がはるかに参考になると思われる。なお、ハウツーは通用しないと書いたものの、受験中は精神安定剤として、さまざまな話を「ありがたや」、とおおいに信じていたことを付言しておく。一つのケーススタディとしてお役に立てれば望外の喜びである。
1.受験、という枠組みで捉えられる試験
MBAプログラムへの出願を、堂々と受験といえる側面は、テスト勉強の部分である。各種予備校の受験情報を隈なく漁られたい。ハウツー・メソッドが溢れている分野でもある。
最終的には、TOEFL(iBT)で105点、GMATでは680点前後があれば「まず文句は言われない」という印象だろうか。もちろん、H/S受験者には、平気でGMAT770点の人とかザラに受けていて、しかも平気で面接に呼ばれない、という例もあるので、上側での差別化というのは意識しない方が得策かと感じた。なお、780-800点満点の人は、社会的にちょっと、という指摘すらあるのが面白い。
Testing time starts early
A senior figure within a leading European business school says he has come across plenty of good candidates whose scores “began with a four”. Conversely, he says he tends to be cautious of people who score 780-800. “I look very, very closely at them,” he says, declaring that their social skills can often be deficient.
トップ校になればなるほど、際立っていると感じるのは、これは一定のスクリーニング・足きりをするための判断材料なのだ、という点。上述の点数以上を取れば、まずはしっかりと選考をして、エッセイを読んで、自分の背景を想像してもらえる、という「打席に立つ権利」であると理解したほうがよいのかもしれない。
個人的な戦績について触れると、日常的に英語に触れていることが奏功して、TOEFLはほぼ対策なしで110点を取ることができた。GMATについては700点という目標設定をしていたが、こちらは難航。文法が最後までちゃんと理解できず、勘のみで解いていると、VerbalのSCがいつまで経っても5割の壁を越えられないことに気付く。結局、こちらは4回受験して、ほぼ、まぐれあたりで2回出た32点が最終結果となった。これとQ満点を併せて、700点が達成された。
やはり、テスト勉強は苦手というか、真剣に取り組めない属性が自分でもこの時点で良く理解できた。現地でのプログラムに耐えられないのではないか、と思うほどに。そして、GMATが敢えてハードルと設定されていることは、出願者に一定のコミットメントを求めるためだという理解をした。こういうところで、「本当にMBAを受験して、2年間頑張りたいのか」を自分と会話するのもちょっと大事だと思う。
2.ほとんどはプレゼンテーション
受験、という言葉のイメージに比べると、MBAへの出願はプレゼンテーション能力に頼る部分が圧倒的に大きい。TOEFL、GMATは、プレゼンをしやすくするためのチケットに過ぎない。ただ、同時に思うのは、GMAT500点台であっても、本当にパワフルなエッセイと、それを裏付けてくれる推薦者、背景情報があれば、そんなの関係ない、という点である。
だいたいの人は、MBA受験を計画的・効率的には進められない。そもそもトップスクールを狙いに行く人には仕事ができる人が多いから、ストレスフリーに準備ができる人はほとんどいないはず。100%満足の準備というのが存在しない以上、個人的に大事になってくるのは、出願を終えた後での納得感ではないか、と思っていた。エッセイは自らとの対話である中で、この納得感を大事にすることが自分の中では大事だった。
この過程では、カウンセラーだったAdam Markus氏(※)のアドバイスが非常に役に立った。彼の助言を得ながら、エッセイに強く意識して入れていったポイントが3つある。それは;
(1)絶対自分しか書かないようなストーリー
(2)家族とのエピソード
(3)学校に対する愛情表現
である。
例えば、スタンフォード向けには、「10月のビジット時、家内と地下のカフェテリアで遅めの昼食を取った。横では学生が喧々諤々の議論をしているのを見て、『sutebuuも、金融業界について同じ位、クリエイティブな発想ができるようになりたいんじゃないの』と家内に指摘された」というストーリーを締めの部分では用いた。実は、他校に対しても同様のことをしていたのだが、「何だかとてもプライベートなことを聞いている、しかも結構独特」というのが、個人的にはエッセイを読んで、覚えてもらうためのポイントだと思う。
トップスクールには、ハーバード首席→投資銀行→ヘッジファンドのパートナー、なり、東欧で憂国の士ながらSNSを創業・売却、みたいな人が平気で願書を出している。そのような中、個人的には仕事面での功績・生活も、個性の一部として表現することが、多くの人にとっての最適解ではないかと思う。
上記について、1.と2.の重要性は、20%と80%、というのが、一連の出願結果を終えての感想。ただし、「時間を取って机でごりごり作業する」割合は、多くの人にとって60%:40%になるのではないか。結果に関わらず、この部分にはぜひ拘るべきであり、エッセイを書きながら、自分の知らない側面が紙に描かれるプロセスこそ、本当は大事なのではないかと感じる。これは、虚心坦懐に自分と向き合う作業にハウツーはないのと同様、これがないと、やっぱり読んで貰うエッセイも味気ないものになるのでは、と思っている。
以上の作業が下地としてあれば、インタビュー対策等、大変なプロセスはあるものの、「良い惰性」で作業が進むのではないか。個人的にはそうだった。第2ラウンド(もしくは年明け締め切りグループ)出願者であれば、年末は紅白を見ながら、この1年に悔い無し、と思えることが大事なのではないか。
受験の結果として残ったものを考えると、「人様に言えるようなアドバイス」というのは少ないことに気付く。ただ、自分にとってはアセットになるような、そんな気付きの多いプロセスでもあった。あとは、それらが留学中、どんな形でMaterializeしていくのかが、現状では楽しみな段階である。こればかりは、やってみないと、そしてたどり着いてみないと、分からない気分なのかもしれない。
※なお、Markus氏への賛助コメントを
http://adammarkus.com/results.html#FALL_2009_Client_Results_and_Testimonials
に掲載しています。
Subscribe to:
Posts (Atom)