デボラ・グリュンフェルドといえば、結構名の知られている心理学者である。
彼女がもっとも有名なのは、権力(Power)を持ったときに、人はどのような過程で腐敗するのか、という領域での研究である(参照)。組織行動論の一コースとして教えられるActing with Powerは、彼女が現役の役者数名を教室に招き、しっかりとした演劇指導を施し、最終的にPowerを持つこと/持たないことはどんなことなのかを実感する授業である。
元来、MBA生は、おそらくどの学校でも目立ちたがり屋が多く、バカ騒ぎが好きな人種。GSB Show(参照)等の劇やらミュージカルやらは、まったく勉強する気ないだろ、というレベルの練習をやらかしている。そんなこともあって、授業自体もちょっと変なノリにならないかとか思っていたのだが、面白いことに、本物の役者の前ではかなり真面目に各人が取り組む授業になった。
カリキュラムは、普通の授業に比べればかなり実践主義だ。一学期の間、5分程度のシーンを二人のペアで演じきることが、一応の目標となっている。授業中は、呼吸、ウォームアップから感情移入、小道具使いから、発音に至るまで、ここまでやってくれるのか、という感じで演技の指導を受ける。他人の演技を見ている時間がかなり長いのだが、段々と演技の水準が上がり、迫力が増す成長カーブを見られるのは楽しい。
そして、肝心の「権力」に関する部分だが、これがまた、演技だと大袈裟にやることもあり、分かりやすい。基本的に、もし相手に対して高圧的な影響力を及ぼしたい、と思うときには、相手を無視して、低くゆっくり指示するように話し、相手の行く手と会話をさえぎり、基本的に言われていることを受けた会話はしない、というのがスタイルになる。私自身に与えられた役柄は、「19世紀北欧の高圧的な市長が弟を政治的に篭絡する」、というシーン(参照の4分半以降)。授業が終わるまでは絶対に本物の例を見ないように、といわれていたのだが、少なくともYoutube上のバージョンよりは、だいぶ高圧的に、怖い人を演じる結果となった。
同じ脚本であっても、相手を基本的に見下し、何も聞き入れない、というのをやるだけで、大分雰囲気が変わるものだ。一旦こういう雰囲気に没入できると、割とうまく立ち回れる方でもあるので、脚本を丸覚えしてからは、色々と楽しかった。そして同時に、案外皆が、「真面目にやれ」といわれるとうまくできない、という、結構シャイな側面が見られたのが面白かった。
演劇をしながら感じ、また教わったことは、コミュニケーションは常に明確に、ということだ。良い演技にはそれを構成する必須要素がいくつかあり、その最たるものは「ある場面において、演者は何を伝えたいのかが明確である」ということである。演劇であれば、一つのポーズ、一つ一つの言葉の裏に、どんな意図があるのか、ということにかなり時間をかけて練られている。実生活でも、相手が自分に対して理解がないこと、というのを前提としてみると、一件大袈裟に見えるプレゼンが計算されたものであるんだな、と思えることが、それ以来何度か起きている。
また、もう一つ大事だと思った学びは、人には色んな意味でエクスキュースが大事だ、ということ。演劇をしながらわかるのは、大人数を前に演技をするほうが、二人きりで練習をするよりも、没入がやりやすくなる、ということである。演技、というマインドセットに自分を置くことは、自分が不慣れなことをやりやすくすることでもある。自分の日ごろの慣習から切り離される、ということ自体が、よくある演劇をやる者の快感の源泉でもあるのだろう。少なくとも、自分にはそのように感じた。
ガチ演劇、というタイトルの通り、この授業を通じて得たものといえば、ガチ演技とは何か、という教訓である。ただ、よく考えると、演技、とまでは行かなくても、誰しも皆、人の期待に対してある程度の人格を被って生きているもの。心理学を学ぶには、かなり効率的なメソッドなのかも、と感じると共に、ちゃんとした演技のできる役者って、深い職業なんだなあ、と思った。
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