2011/01/31

日本の財政と、海外留学について

(加筆・修正しました)


日本国債の格下げを受けて、日本国内では財政のサステイナビリティの議論が再燃している。

今学期履修しているDuffie教授(*1)の言葉を借りるまでもないのだが、格付け会社の判断というのは、多分に事後的に行われるものである。正直なところ、それを見て、いまさら何か新しいことが起きたかのように考えるのは間違っているし、もっと日ごろから、そこそこ事情通のMBA学生なら誰でも知っている日本の債務問題については、真正面からの議論が行われるべきだと思う。

この話題、お花畑展開的には、今から経済に大きなインパクトを与えることなく、歳出を上回る歳入を確保し(もしくは経済成長により)、債務対GDPの比率を下げていくことが、本当の大筋になるはずなのだが、今の世の中でそれをしっかりと示せている人は、たぶんいない。なので、将来的には、昔から言われているような長期金利の上昇と、結果としての悪性インフレによって、解決が図られる、というのが、もはや平均的な見方なのではないだろうか。

インフレが起きる過程では、日本円は下落せざるを得ない。たとえば、債務対GDPを半分にするためには、物価は2倍に、円ドルレートは今の2倍になる必要がある(これでも落ち着いたケース)。そうすると、海外の大学院に通うための値段は、今から見ると2倍になる。あと、インフレが急速に進む中では、値上げのペースが物によって異なってくる。日ごろ使うもの(分かりやすい例が、トイレットペーパー)についてはすぐに値段が上がる一方、例えばパチ物のバッグとかは、そうは値段を上げられないだろう。実は、同じことは人材についてもあてはまるので、利用価値の高い社員と低い社員で、給料がだいぶ異なってくる可能性だってある(一社内では横並びかもしれないけど、会社間ではたくさん差が出てくるだろう)


さて、上述の展開を踏まえたうえで、日本にとって、海外留学が持つ意味について考えてみたい。



1)現在留学中の人たち

まず、日本から円建てで定額の送金を得ている人たち(奨学金の類に多い)は即座に困ることになる。大急ぎで、こちらでの生活費を補う手段を探す必要が出てくるだろう。奨学金の財団の中でも、体力があるところは情勢を見て金額を増やしてくれるかもしれないが、すぐにその決断が行われるかはわからない。場合によっては、困っている修士生に対して、地域の日本人会等でカンパを募るようなこともあるのかもしれない。

ただし、Ph.Dを取りに来ている学生の場合、2年目からはTAやRA、フェローシップ等の名目で生活費や授業料の免除、といった形で生活費の心配は少なくなることが多い。この立場にいる人たちにとっては、さほど大きな心配はなく、むしろ後述する理由により「留学しててよかった」という結果が訪れる可能性も高い。

MBA学生(私費留学)の場合
大学からの授業料の免除等の恩恵に与ることはあまりない。したがって、こちらでの授業料の借金がドル建てで行われる以上、日本に帰って円建てのお給料が支払われる会社で働くと、返すのにかかる期間が(2倍とはならないだろうけど)当分は長くなるかもしれない。これは、その業界の賃金構造や、物価に連動してどれくらい賃金上昇が行われるのかにもよるのだけど、目先は結構苦しくなることになるだろう。
一方、海外で働く気満々の場合は、この事態はその方向性を決める最後の一押しとすらなりうる。日本国内の経済が混乱し、賃金もさほどは早く対応してこない中で、ドルやアジアの通貨等で働けば、もともと発生している借金に対しては、ある程度想定どおり返済をすることが可能になる。



2)留学し終わって、日本国内でドル建ての債務を抱えている人たち

結論から言うと、一番大きな被害を受けることになるのかもしれない。日本で円建ての給料をもらい、ドル建てで返済をしている人たち。単純に、円ベースで見た借金の額が増えることになる。もちろん、海外で職を見つけられるならば別の話ではあるが、学生のジョブサーチに比べれば選択肢は格段に少ないのは事実である。なので、とりあえず円がかなり強い今のうちに、できるだけ早期の返済をお勧めするほかない…


3)これから留学しようとしている人たち


本記事で一番触れたいのは、この層について。
実は、インフレが来つつも、国内の教育費や賃金の調整がゆっくりになると想定される中では、下記の変化があると思われる。
  1. 初期の反応として、一般的な留学生の数は減るであろう。日本国内での、海外留学向けに貯められていた資金の購買力は減少するし、財団が奨学金を出す体力も減ることになる(資産運用次第ではあるが)。
  2. 中長期的には、海外に向けて飛び出す若者は増えると思われる。財政危機を迎えた国というのは、生きていてもつらいものだ。現役世代に対して、増税、高金利、社会保障費の厳しい見通しという苦悩が増える中で、日本で生きていくメリットは、絶対水準では下がらざるを得ない。よって、才能がある人は海外に出るだろうし、おそらくしばらくは戻ってこないだろう。現在留学している人たちも同様で、帰ってもあまり楽しくなさそうな人生と、キャリアを最も磨くべき時期に日本市場に向かうくらいなら、こちらに留まるだろう。このような選択の結果、途上国の教育問題でよく課題になる、Brain Drainが本格化することが、考えられる。既に起きているフシもあるが、日本でもっとも優秀な層から、人材は逃げていくことになる(*2)。
  3. 2.の効果が、日本国内の社会の利益になるのかは、これからの社会の変化次第といえる。留学生が増えること自体は、在外人の視点からはマシに思える状態なのかもしれない。ただし、中国人学生や、インド人学生が見せているような、「ウミガメ」現象(母国への人材の還流)が発生して、もっとも優秀で、海外で研鑽を積んできた層が、日本を再度盛り立ててくれるかは疑問である。中印の場合は、まだ国に伸びしろがたくさんがるが、日本の場合は成熟国かつ、(産業にもよるが)ビジネスの参入障壁が色んな所で高い、ということもあって、期待しにくい。
  4. 結局のところ、3.の問題を解決するには、優秀な人材に報い、例えば20代、30代のうちから大会社の役員級の裁量(と報酬)を与えられる環境が生まれるしかない(勿論実績を示せた場合)。今、日本にある選択肢は、外資系企業やベンチャー企業等、限られているのが実情で、主流の企業でもこれを行わない限り、日本の底力の変化を見ることはなかなか難しい。
日本が困窮する中で、それを立て直せる人たちに、日本は旧来の世界観からしたら「媚びる」制度を受容する必要がある。
「海外で活躍できる」優秀な層、というのは、いわゆる税制に対するブラックジョークである「逃げられないから課税される」層の対極にいる人たちだ。一流の人材が集まって努力するよりも、稀代の天才が生むことができるものの方が重宝される社会の中では、この層をないがしろにはできないし、むしろ国家のお客さん、とすら言える。一番それを露骨にやっているのはシンガポールだし、アジア各国にある特区だってそうだし、シリコンバレーだってその一類型といえる。本物のタレントを、日本に引きよせる制度を作れるかどうかが、財政危機後に日本がプレゼンスある国になれるかを決める、唯一の要素である気がする。

また、今世紀も来世紀も、資源の無い日本には「世界に売れる」ものを作るという宿命がある。世界の経済成長の大半を新興国が担う中、製造業に求められるニーズも、「日本の技術・消費者に育てられた」では厳しい。幸いにも、新興国のニーズや制度の標準を決める人たちは、先進国に学びに来ている人たちであり、稀代の天才じゃなくっても、こういう人たちとお知り合いであり、いざとなったときに広い意味での外交ができることが、国の戦略として必至であると感じる。

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*1 GSBではあまり多くは無い金融市場そのものを扱うDebt Marketsを担当する名物教授。ただし、彼自身がムーディーズの取締役をかねているので、上記は業界的水準では常識だが、一般的には利益相反も含んだ発言といえる。

*2 スタンフォードの場合なら、多くのケースでMBAの留学費用は大学経由でCo-signerなしで借りることができる(参照)。Ph.D志向であっても、頭脳の自信さえあれば、これも奨学金等を駆使して、なんとしてでも一年間食いつなぐ手段は確保してくるだろう。研究者の場合、ポストも予算も限られた日本国内の研究環境に比べれば、最終的に競争に負けるリスクを取ってでも、こちらに来る理由は多い。
なお、研究者向け海外留学については、ぜひぜひ米国大学院学生会(リンク)へ


(本ブログに記載された内容は私個人としての意見・見解であり、所属する組織の意見・見解と一致するものではありません )

1 comment:

  1. 刺激的な内容ですね!読んでいて、ゾクゾクしました!

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