2010/12/05

スタンフォード白「紙」教室:タッチー・フィーリー

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初回の授業を経て、通された部屋には14脚の椅子が丸く並べられている。
12名の学生と、2名のプロのモデレーターが、各々椅子を選んで座る。


授業では、司会も無く、お題もなく、ただただ皆さんの目的に合わせて3時間を使って下さい、という指示があった。分かっていたものの、とてもぎこちない雰囲気が12名を包む。2分ほどの沈黙のあと、ようやくクラスメートの一人が口を開いた。
「とりあえず、遅刻に関するルールでも決めませんか?」


タッチー・フィーリーとは?

Interpersonal Dynamics、通称タッチー・フィーリー(Touchy Feely)は、30年以上の歴史を誇るスタンフォードGSBの名物授業である。授業の内容は、12人の学生と2人のモデレーターからなる14人のグループ(通称T-Group)が、週1回、計4.5時間、自分たちの伸ばしたいスキルの向上を目指して話す、というもの(*1)。

この授業の目的はおおざっぱなものだ。敢えて言うなら
対人関係を学習するための方法を学ぶこと」
である。授業で扱われるトピックとしては、例えば;

・共感とは何か
・自らの弱みや強みとは、自分に見えていない自分の側面とは何か
・他の人と関係を築くにあたって、気を付けなければならないこと
・自分や相手にとってリスクの高い行為を試すと、どんな気分になるのか

といったことがあり、これらをT-Groupの中で実験することが主眼にある。二人いるモデレーターは司会ではなく、あくまで学生間のやりとりに行き過ぎがないように、セーフティネットを張る目的で参加している。

この授業について知ったのは、東京の予備校の卒業生による説明会でのことだった。概略を聞いた瞬間に、大の大人がわざわざこんなことを授業でやるのか、と驚いたのを覚えている。しかし、卒業生からは口々に

「人生をいい方向に変える授業だった」
「GSBに来て本当に良かったと思える授業だった」

と、食傷するくらいの絶賛コメントを聞いていた。これほど得体の知れない授業もないなあ、と思いつつも、せっかくなので早めの秋学期に履修することにした(*2)。


工夫の凝らされたカリキュラム
さて、肝心のセッションはというと、いくらメンバーに気合いが入っているとはいえ、冒頭の様にぎこちないものになる。
個々のメンバーの目標については、例えば共感する能力を伸ばしたい、ネガティブな意見をうまく言えるようになりたい、喋りすぎるのを抑制したい、といったものが出てくる。しかし、会話のヒエラルキーがなく、それぞれがそれなりに友好関係を維持したいとも思っている中では、いきなりそういった話は出づらい。

長年の経験を反映したカリキュラムは、そこをうまく見透かしている。

週一回強、セッションとは別に行われる授業のエクササイズでは、

・今の段階では言えない個人的な秘密を、匿名でカードに書いて教授が発表
・腹が立っている人、親しみを感じる人、特に何も思わない人を3人選んで、肩を叩く(誰が誰だかは判明しない)
・12人の学生の間で、影響力があると思う順に学生を並べる。それぞれの学生が、これを繰り返す。
・相互学習をするための少人数グループを、それぞれがドラフトをやる形で行う(まったく選ばれない人が出てくる)

など、軋轢や動揺を生むエクササイズが待っている。これらは、結果的には活発な議論を促し、良い方向に作用するのだが、毎週の授業のエクササイズはスリリングなものだった。


いくつかのエッセンス
授業から学べることは、当然人によって異なるわけだが、そのエッセンスといえるものが複数あった。

自らの感情を相手にどう伝えるか

たとえば、ある友人がいつも遅刻をしている時に、その苛立ちをどう伝えるか、という問題があるとする。授業での示される答えの一つは、「どう思うか」ではなく「どう感じるか」を伝えることである。すなわち、
「君は自分に甘いから遅れるんだよ」
ではなく
「僕はいつも間に合うように来てるのに、何で君はいつも遅刻するの?不公平に感じるよ」
と言い換える方が、結果的には自分の感情が伝わりやすい。主観的「判断」を加える前の、自分の感情だけを伝えるマナーがグループ内で定着すると、割とおくびもなく、本音がいえるようになるのは一つの発見だった。

ネガティブ・フィードバックはむっちゃ貴重

授業では、フィードバックを与えることには一石二鳥の効果があり、相手に対してだけでなく、自分に対しても成長を促すものだ、という説明がなされる。中でも、とりわけ真摯なネガティブ・フィードバックにこそ価値がある、ということが明らかになると、T-Groupも後半戦ではネガティブな意見の応酬になったりする。

「その言い方は気に食わない。というか、かなり傷ついた」
「この前批判されたから、ちょっと行動変えてみただけじゃないの?なんか不自然だよ、全然伝わって来ない」
「自分に自信があるのは分かったけど、あなたには何を言っても分かってもらえない気がする」

控えめとされてた自分でも、毎週こんな感じで色々喋っていた。それでいて、やっている間は何となく楽しいのだから、不思議なものである。

人は語る以上に色んなことを秘めている

メンバー間の守秘義務があるので、ぼやけた表現にならざるを得ないが、強く記憶に残っているのは、自らの真意を伝えたいがために、必ず出てこざるを得ないそれぞれの過去についての告白である。
その内容は、想像していたものよりも遥かに重いものだった。性的虐待、お母さんと10年以上音信不通、自ら命を絶った肉親、といった話が出てくる。同級生の3割近くが離婚家庭で育っていて、人種的な問題も残り、セーフティネットも穴だらけのこの国で、級友やその親類が様々な障害や、現在進行形の問題と一緒に生きていることに改めて驚かされた。こういった背景から、たとえばあまり人と対立することがうまくできない、あるいは、人に対してすぐ不信感を抱いてしまう、といったエピソードが語られた。

タッチー・フィーリーの授業は、よく「ああ、あの泣く授業ねえ」と言われることもあるのだが、こういった話を真摯に聞いていたり、自分の話をしていても涙は出てくるというもの。結果として9週間、気心どころか本心を晒し合った友人が13人、生まれることになる。


なぜ、こんな授業があるのか?

ビジネススクールの大抵の授業では、登壇する教授や習うトピックそのものよりも、参加者である学生から得られる学びの方が多い。この授業は、事実上の学習は教授抜きで行われるので、その最たるものと言える。そして、この授業で吸収したエッセンスを使って、文字通り生涯学習することが重視されている。中には数十年間、年一回集まり続けているグループもあるのだと。

GSBの学生は優秀だ。少なくとも、ここに来るまでの間は、それぞれの組織のトップパフォーマーであったことがほとんどだろう。そのため、お互いにプライドも高いので、こういった「一度まっさらな心で語り合いましょう」みたいなシチュエーションが却って希少だったのかもしれない(*2)。
タッチー・フィーリーに限らず、多くの授業についていえることだが、やはり授業を履修する側が、ある程度の精神的なコミットをすることが必要な科目がある。これを、「安心できるくらい」優秀で、かつ愛校心に裏付けられたコミットメントのある集団の中でやることころに、ビジネススクールの付加価値があるんだろう、と最近は思っている。

で、履修してみてどうだったか?
正直な所、これを受けるためにGSBに来れて本当に良かった、とすら感じるくらいに良い授業だった。宿題の量など、コミットメントの度合いが高かったバイアスもあるが、ビフォー・アフター的な変化の大きさを感じている。
自分が自信を持っている才能や側面に対して、シリアスな疑いをかけることはとても重要だ。対人関係のような、質的情報の多いものについては特にそうだといえる。この授業では、ある種それが徹底的に試される機会が2度ほどあり、それを乗り越えることで仲間からの信任を得る、というプロセスを体験できた(最後の写真を参照)。
そして、他の授業に対する派生効果も感じている。来学期と春学期は、3人の1年生を受け持つコーチングの授業を履修する予定だが、色々と未知の領域の中に、どのような学習機会がありそうなのかが見えてきた。また、今後、自分が上司になるようなときに、何が一番のドツボになりえるのか、そこに陥ったとしても、どうやったら回復する道筋だけは作れるだろうと、自信を持つことができた。

日本でもこの授業はできるのだろうか?
自分のT-Groupは、自分以外の全員が英語ネイティブの空間だった。なので、やはり微細な表現とか、気遣いとかで遅れるところがあったし、逆に気を遣わせてしまったことも何度もあった。英語で話すときと日本語で話すときで、やはり人格は変わる。自分の場合、英語のほうがよりロジカルな側面を意識するし、おそらくもう少し人に優しくなっている気がする。

ただ、たとえば日本では暗黙のうちに共有される感情がこちらでは口に出さないと伝わらない、といったことを、身をもって示すことはできたようだ。こういったことに対しては、ビジネススクールの学生は一般的にかなりセンシティブなので、割と前のめりで異なる文化から学習しようとする姿勢が伝わってくる。

それで思ったのが、日本で、この授業をやることは可能なのだろうか、という問い。実際にやっているところは存在するのだろうか?物理的には可能だろうし、学校コミュニティに対する信頼が高ければ、きっと実現できるのだろう。将来、日本人の経験者を集めてセッションをやってみたら、結構面白いのではないか、と考えている。自己啓発というと、とかく胡散臭いイメージがつきまとう言葉ではあるが、たとえば世代間での価値観の不一致等を嘆く前に、一度こういう環境のトレーニングで自分を試してみる価値は大きい。




なお、
「俺、日本だったらもうちょっとクールなんだけどね」と茶化して言ったら、それを似顔絵入りのTシャツにされてしまった。



最後の授業では12人全員がこれを着て勢ぞろい。まあ、こんだけ仲良くなれるのだから、もし履修に躊躇する後輩がいるとすれば、それはご心配なくどうぞ、と言っておきたい。



(*1)
この車座セッションとは別に、毎週一コマの授業や、こまかなエクササイズも行われる。期間は9週間、終盤には2泊3日でセッションをやる合宿もあり、週2回の課題提出と毎週の日誌提出等、課題量はヘビーだ。

(*2)
複数開講されているTouchy Feelyの中でも、プログラムの事実上の主幹者であるキャロル・ロビンのクラスを履修した。ロビンのクラスの良い所は、他の希望する授業を犠牲にしてでも、このクラスにコミットしたいと考えている学生が多い点にある。


(*3)
アントレ論の名物教授グロウスベックいわく
「起業家志望の人は、IBやコンサルに行くと夢を叶えにくくなる。起業して、実際に雇うことになるのは、多くの場合「普通の』人たちだ。その人たちは、MBAやウォール街の会社名などには興味はないし、端的には異なる価値観で生きている。ハイ・プロファイルの企業に行って、エリート達とばかり接していると、そういった普通の人たちを率いる能力は劣化するどころか、敵対心さえ抱かれかねない。それよりも、セールスなどの仕事について、地道な価値観を身に付けて、素直な話のできる人間を目指したほうが、よほどいい」

1 comment:

  1. 最高です!朝からわくわくできました。いま、和訳にとりかかっています。

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